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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-16

「だから、全然父の事は覚えていないし、母も15歳の時に他界したから、あまり聞けなかった」
「両親が居ないのか? 」

加藤は目を細くした。
哀れむ・・・・・・というわけではないが、それに近い目でエスを見る。
エスはその目を知っているのか、携帯から目を離さず、顔も上げずにうなずいて続けた。

「うん。そう。だからこんな風にお金とか地位とか、そういうのを目的にしてない大人の人…まるで親みたいに接してくれる人、居なかったから、すごく嬉しいんだ。加藤さんと会えるのすごく楽しみにしてたんだよ」

加藤はくすぐったい気持ちになった。
エスは少しだけ顔を上げて笑みを向ける。

「だから、律子…に迎えに行って貰ったの。律子だけには、全部話してるから」
「律子?ああ、あのセーラー服の」
「うん。そう。また加藤さんは会うときが来ると思う。その時は仲良くしてね」

ピロンと、加藤の携帯が鳴った。
取り出してサブディスプレイを見るとEメール着信の表示があった。
携帯を開き中を確認するとそれは目の前の少女からで

『ありがとう』

と、短く打ってあった。


二人はその後コーヒーショップを出たところで別れた。

自宅に帰る電車の中で加藤は考えていた。
ドアに寄りかかり、絶えず乗降する人を見ながら。
エスは今晩どこに帰って眠るのだろうか、と。

自宅の玄関を開けた所で携帯が鳴った。
電気をつけながらポケットからそれを出し、開いて画面を見る。
片手で操作しながら受信ボックスを開いた。
エスからのメールだった。
『明日も加藤さん来る?遠藤先生が来るから午後からにしてください』
薬缶をコンロにかけながら、加藤も返事を出した。
『わかった。何か買っていくよ』
それでメールは途切れた。
加藤はそれでもエスがどこかに居てメールをするだけの余裕がある事に安堵を感じていた。

次の日。
午前中は仕事を真面目にしてから午後取材と言い加藤は外に出た。
前日と同じように電車に乗る。
携帯を出しエスに短いメールを送った。

『今から向かう』

30分ほど待ってもエスからは返事がなかった。
あまり気にも留めず、鞄の中に入っている雑誌を取り出し読み出した。
あっという間に渋谷に着き足早に電車を降りる。
改札から外に出て、エスが居るビルに向かった。
途中、サンドウィッチを買い、飲み物を買った。
鞄と袋を持って人を避けて歩く。
ビルの前に立ち、躊躇せず、階段を一気に駆け上がった。
エスの居る事務所の前に立ち、ドアノブを回す。
キィッと音を立てて、ドアが開いた。
その時、加藤は違和感を覚えた。
エスは中に居たとしても、用心して鍵をかけていた。
それはエスの力を知っている者が来ても開かないようにするためで、知っているとは言え、落ち着ける時間が欲しいのだと、言っていた。
加藤の心臓が早鐘を打つように早くなる。
ごくりと喉を鳴らして、室内をそっと見る。
椅子が二客とも倒れていて、床にエスが倒れていた。


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