特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.8-17
大河内は開け放たれた窓際に立ち、くわえ煙草を離して唇を開く。
「夕立の原因は、通常、午前中からの日射により地表面の暖められた空気が上昇気流を生じ、水蒸気の凝結によって積乱雲を形成して降雨をもたらすことである」
煙草の煙と大地が湿る匂いが混じる。大きく息を吐いて背後を振り返る。
「蒸し暑くて湿度の高い午後によく発生する。短時間で雲が出て来て大粒の雨が降るのが特徴。雷や雹が伴うこともある。雨は強いが継続時間は短く、せいぜい二、三時間。範囲は狭く数キロメートル四方程度」
カッ、と薄暗い中で光が瞬く。暫くして落ちる音がし、距離が遠いとわかる。
頭のスイッチを一度切り替えようと溜め息を吐く。
自分らしくない子ども染みた悪態を吐いてしまった。自覚があるぶん厄介で、後悔したくないのにあの泣き顔が頭から離れない。
「逃げ出したいなら逃げればいい。どこまでも」
突き刺さる様に激しい雨の中、ずぶ濡れで走る影。
「どこまでも、行けるもんならな」
ジュウゥッ、苛立つ様に火種が押し潰される音がした。
「…藤塚は休み、と。副委員長、代わりに号令だ」
風邪気味のまま授業に出て、真っ赤な顔をしながら期末考査に挑んだ愛美は、期末明けから風邪を拗らせ欠席を続けていた。
期末考査をきちんと済ませた辺りが、流石委員長と言う所だろう。
期末考査明けで皆が浮足立つ。
しかし、自室のベッドで風邪と闘う愛美には気掛かりな事がまだ残っていた。
「………最悪っ」
げほげほと咳き込みながら、愛美はルーズリーフにシャープペンシルを走らせる。
提出期限はとっくに切れていた。
だが、未提出は愛美のポリシーに反する。
熱でクラクラする中、ほとんど意地で書き上げると、愛美はベッドに体をうずめた。
想うのは一人
ツラくてぐらぐらする頭の中で、人恋しさが募る。
母よりも、友達よりも。今、一番側に居て欲しい人。
握り絞めた掌には、夕立のあの日、キスの代わりに奪った煙草がそこにあった。よれた煙草は大河内の匂いを思い出させる。
つう、と涙が流れた。あの日から泣いてばかりだ。
でも、これを提出したら終わる。
綺麗さっぱり終わらせる。初恋、ってやつを
明くる日の放課後、愛美はレポートを片手に大河内の元に行った。
まだ熱の残る体は、始終だるくて、立っていると吐き気が襲ってくる。潤んだ紅い目許には、疲れの色が隠せない。
「風邪はどうした」
「………」
あの日、ヴァージンをここで散らしたあの日からもう一週間は過ぎていた。
長い一週間。苦しさに何度涙したかわからない。だが、この男は全て忘れたと言わんばかりにいつも通りだ。
あの時、感情を露にしたのが嘘だったかのように。
「レポート、遅くなりましたが」
薄いレポートを混雑している机に載せ、頭を下げる。ああ、と低い声で返すのを俯いた状態で聞くと涙が出そうになる。
「それと、服、ありがとうございました。クリーニングも。お礼に随分時間がかかってすみません」
手に提げていた紙袋を足元に置き、踵を返す。正面から目を合わせるのが怖くて、始終俯いた愛美は腕を掴まれるまで大河内の様子に気付かなかった。