特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.8-10
「な……」
引き寄せられた体は熱く、胸元に顔を埋めると煙草の匂いがした。無理矢理上を向かせられ、唇を重ねたのは愛美には全くの予想外でドキドキする暇すらない。
眼鏡同士のぶつかる音。
唾液の絡む音。
衣擦れの音。
気が付けば大河内の真下に組み敷かれ、ずれた眼鏡越しに大河内の顔が見えた。
「怖がらないのか」
見下ろす大河内には何もかもお見通しだった様で、泣きながら許しを願った数時間前の自分が恥ずかしかった。
今でも、全く怖くない、わけではないけれど。組み敷かれ、上から貪る様に唇を重ねられて。
怖くない、わけじゃないけれど。
街灯が窓ガラスの隙間から零れ、お互いの表情だけが汲み取れる距離感に少しだけ心が和らいでいた。
「あんたのこと、だいっ嫌いで口もききたくなかったのに。でも」
くしゃり、と前髪を崩される。大きな掌に微笑む。
「ちょっといい気分かも」
甘える様に笑う。そんな初めての表情。
「変な女」
チッと舌打ちして大河内が離れた。褒められるとか、認められるとか、好感を持たれるのは性に合わない。
常に悪役を買って出る自分とは無縁だ。吐き気がするくらいだ。
「なんか腹立つ。さっさと帰れ」
興味が無くなった、と言わんばかりに愛美に向かって手をひらひらさせ、また煙草に手をのばす。
「勝手、すぎ」
言葉と共に愛美の手がくわえたばかりの煙草を奪う。
顔が近づいて軽く唇がふれた。
ドアの閉まる音にやっと気付く。自分があんな小娘に。
「いい度胸じゃん」
横目に見上げた愛美の自宅に次々と電気が点っていく。エコの意識は薄いのか、と悪態をつきながら車を走らせた。
翌朝、年に数回も履かないチェック柄のスカートを身に纏い薄いブルーのワイシャツで学校に臨んだ。
このスタイルは校内で珍しく無いのだが、オシャレではしゃぐグループとは無縁の愛美は少し着心地が悪い。
「藤塚、リニューアル?」
驚く今井を軽く睨み、昨日の続きをせがむ今井のノートを閉じた。
「あー、嘘嘘嘘!って別に嘘ってわけでもねぇけど!悪くねぇってわけで」
「洋平、正直すぎ。でも藤塚さん、雰囲気違うね。似合ってるよ」
「だから?」と返す愛美は机をバンッと叩いた。
「あたしは覚えてって言ったよね」
昨日の手製のプリントを指差して眉間に皺を寄せる。
「『全部わかりません』って何!?」
「だって覚えらんねーもん」
今井がいけしゃあしゃあと言い放ち、口にくわえた棒付きキャンディーをガリッと噛んだ。
「俺、数学とか現国なんかはそれなりに頭に入るんだけど、英語がマジでダメなんだっつーの」
ガリガリと飴を噛み砕きながら言う。
「体使うのなら負けねぇのに」
そう言ってにいっと笑う。
「化学、とか」
愛美の眉間の皺が深くなる。いくら昨日と同じ様に放課後で生徒の数が少ないとは言え、理系以外も教室に残っている。