Not melody from you
:Side-heavy-7
「本当に。何かここ静か過ぎるよね。昼寝するにはもって来いだね」
背中で彼の手の感触を感じながら私がそう言うと彼は
「風邪をひかないといいんだけどね」
と軽く笑いながら言った。
はい、もういいよ。と彼が私の背中の樹皮のかけらを取り終わった旨を告げたので、私は彼の方に向き直った。
すると彼の手に握られる小さなガラスの小瓶が私の目に止まった。
「何?それ?」
私はそれを指差した。
「これは手紙」
そう言って彼は小瓶を顔の横で振ると、小瓶はカタカタと音を立てた。
よく見るとその中には確かに小さな紙がクルリと巻かれて入っていた。
「昔ね。書いた手紙をこの小瓶に入れて、森の奥に埋めておいたんだ」
「それを取って来たの?」
「そう」
彼は小瓶を手のひらで弄んだ。
ガラスがキラリと木漏れ日を反射した。
「じゃあ」私は反射した光に少し目を細めながら言った。「今日はそれを取る為にここに来たの?」
その言葉に彼は困ったような顔をした、返答すべきかどうか、迷っているように見えた。
彼は手に握る小瓶を見つめ、次に私が大樹に寄りかかって寝ていた所を見てから、口を開いた。
「そうだよ。…って言うつもりだった」
君がそこで寝ているのを見るまではね。と彼は言った。
「今日ここに来たのはここと別れる為なんだ。この森と」
彼はそう言って森を見渡し、そして大樹を見上げて、「もうぼくは二度とここに来ない」ときっぱりとそう言い切った。
「何で?」
彼の物言いに私は少し驚きながら言った。
今までに私が聞いたことが無い程に、彼のその言葉は何故か重く、暗かった。
そしてその言葉は私に向けられた物ではなく、彼が彼自身に言い聞かせているように思えた。
それは多分、一種の覚悟のような物を。
「君が寝ていた場所」
彼は頭を振って私が寝ていた場所を指した。
「ぼくも高校生の時によく寝てた場所なんだ」
そうだな、何て言えばいいんだろう。
彼は次の言葉を探すように手の中の小瓶を見つめた。
「ぼくが人生で一番自分が嫌いな時期、それが高校時代だったんだ。ちょっと色々あってね。荒れた訳じゃないけど、それよりもある意味質が悪かったかもしれないな」
そう話す彼の口調は変わっていなかったが、私はそれが彼なりの気遣いと、肝心な感情を隠してしまう彼のいつもの癖である事が分かった。
彼は自分を飾らない、それどころか本来飾られている所も自ら埃を被せてみすぼらしく見せてしまう。
それは謙虚という言葉で表すにはあまりに頼りない、まるで自らを否定しているような行為だ。
私はそれをよく知っていて、そしてそれは私を時々不安にさせる。
きっと、ちょっと色々あった、という部分にその言葉の軽さとは裏腹の、とても暗くて冷たい現実が彼の過去にあったのだろう。
もちろんそれを聞いてみたくもなった。
だが、私はそれをしなかった。
それが無駄になるだろう事を、私は知っていた。
彼は人に自分を押し付けない、全て自分の中に押し込んでしまう。
きっといつものように困ったような笑顔で、大した事じゃないよ、と言ってあっさりと済ませてしまうだろう。
それは彼なりの強さであると同時に、一種の歪みのような物でもある。
その歪みを私が治すには、多分まだ少し足りないのだ。
お互いの絆とか、信頼とか、共有した時間とか、そんな物が。
だったらせめて、と思う。
だったらせめて、もっと強い言葉を使ってよ。
ちょっと色々あった、なんて軽い言葉でごまかさないでよ。