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Not melody from you
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Not melody from you
:Side-right
-1

ハーモニークッキング


小学生の頃の初めての調理実習は散々なものだった。
ゆで卵は茹でている途中で割れてしまうし、ご飯を炊けばお粥のようになったり固すぎたりしたし、切った野菜は漏れなく不揃いで不格好な形に仕上がる。
その年の家庭科の評価が「2」だったのを見て、おれは自分の料理の才能を完全に見限った。
それ以来、包丁をまともに握った記憶がない。
十数年経った今でも、それはまったく変わっていない。
一人暮らしになってからも、コンビニだったりレストランだったり、金さえあれば簡単に食事をとる事ができるので困らなかったし、それがおれの生活から料理というものをかけ離していくのに、ますます拍車をかけていた。
どうも日本はおれには分からない不思議な方向へ歩みを続けているらしい。
そんな事をふと思ってしまったのは何故だろう。
それは彼女が作る料理がいつもとてもおいしいせいかもしれないし、今彼女がコンソメスープを作りながら歌う鼻歌が、小学生の頃に自分も歌った事がある歌だからなのかもしれない。
思えば彼女と同棲を始めて一年近く経つ。
その間台所は彼女に任せっきりだ。
だから何となく、台所に立つ彼女の後ろ姿に、本当に何となくおれは言ってみた。
「オムライスはおれが作ろうか」と。
振り返った彼女は「何を言い出すんだこいつは」と言いたげな、怪訝な顔をした。
それもそうだろう、おれの脅威的なまでの料理下手は、とっくに彼女も知っているのだから。
「お気持ちは嬉しいけど、結構です」
そう言って彼女はクルリと背を向け、オタマを取り出してスープをかき混ぜ始めた。
そのこなれた動作におれは小さな反発心を覚えた。
「なぁ、たまにはいいだろ? 今日はおれが作るってば」
彼女はスープの火を止め、再び振り返った。
「だってあんた、お米もまともに炊けないでしょう」
「そうだけど…もう炊いてあるんだろ?」
「そうじゃないの。普通の人には簡単でも、お米も炊けない人にとってオムライスは遥かに難しい料理だって言ってるんです」
彼女はオタマを片手に持ちながら、教壇に立つ先生のような口調で言った。
彼女の言う事はもちろん正しかったけれど、一度言い出した手前、簡単に引くのは男らしくないように思えたし、たまには彼女に料理を作って格好をつけてみたかった。
だからおれはしつこく食い下がった。
頼む!と手を合わせ、お願いします女神様!と頭を下げ、しまいにはどうかこの通り!と床に手をついて土下座までした。
そんなおれの態度に押し切られたのか、彼女はしぶしぶと口を開いた。
「じゃあ…チキンライスの上に乗せる卵を焼いてよ」
「…え〜…」
拍子の抜けた声が出た。
それは確か、卵を割ってといて、フライパンにうすく伸ばして焼くだけだったはずだ。
料理を殆どしないおれだってそれ位は知っている。
いくらなんでもあまりに簡単すぎやしないだろうか。
そんなもので格好をつけられるだろうか。
無理に決まっている。
「チキンライスも!」
再び土下座。
「駄目」
きっぱりと言う彼女。
これ以上取り付く島が無くなったと判断したおれはしぶしぶ諦め、彼女の言う通りチキンライスの上に乗せる卵を焼く事にした。
いいさ、台所に立たせてもらえるだけ進歩じゃないか。そう自分に言い聞かせて。
「卵六個しかないから、あんまり失敗しないでよね」
「いくらなんでも卵焼く位で失敗しないよ」
苦笑いしながらそう答え、冷蔵庫から卵を取り出したおれは意気込んだ。
見ていろよ、ふわっふわでとろっとろの三ツ星レストランシェフもびっくりな芸術的卵を焼いてやる。
デミグラスソースを作らなかった事を後悔するがいい!


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