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Not melody from you
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Not melody from you
:Side-heavy
-8

辛かったなら辛かったって言ってよ、怖かったなら怖かったって言ってよ、悲しかったなら悲しかったって言ってよ。それぐらい、自分に許してあげてよ。
そんな事を、言いたくなる。
「何だか全部が全部信じられなくてね。一時期学校にもまともに行かずずっとここに通いつめたんだ、朝早く、誰もまだ外に出てない時間にここに来てね。ずっと、ただひたすら寝てた。君が今寝ていた所でね」
私はその時の彼を想像した。
まだ誰もいない早朝、彼は田舎道を一人で歩く。
その一時期というのは冬なのだろうか、夏なのだろうか。
冬だったら、辺りは薄暗く、冷たい空気と吐き出した白い吐息だけが彼の傍に居ただろう。
夏だったら、辺りは少し明るく、まだ涼しい朝の空気と早起きの蝉の声が彼を包んでいただろう。
どちらだったのかは分からない、どちらでも、悲しくなる気がする。
森についた彼はこの大樹へと向かう為に森の木々の間を歩く。
鳥の鳴き声に、あるいは蝉の声に、その時の彼は何か言葉を返したのだろうか。
彼は無表情で歩き続け、やがて彼の前には大樹が現れる。
彼はどさりと、まるでまだ始まったばかりの一日を否定するように大樹に背中を預けて座り込み、瞼を閉じる。
眠りに落ちるまでの一時の暗闇の中で、彼は一体何を恨み、何を慈しみ、何を守ったのか、私には想像もつかない。
彼の過去について想像できない事が多すぎて、私は少し悲しくなった。
顔に出てしまった私の感情を読み取ったのだろう、彼はそれを労るように微笑んで、話を続けた。
「寝ているとね、この森の一部になれる気がしたんだ。ほら、この森はすごく静かだろ?だから何もしないでただひたすらここで寝ていれば、ぼくは消えて、この森の一部になれるような気がしたんだ。一日中何も考えないで、何もしないで、ただ風に揺られて時々雨に打たれたりするだけの。木になれるような気がしたんだよ。それが…」
彼はそこで一度言葉を切り、大樹を指先で撫でると、
「それがぼくのつまらない昔話」
と溜めた息を吐き出すように過去の話の終わりを告げた。
彼がその言葉を言い終えた瞬間、私の背筋に寒気が走った。
彼が指先で大樹を撫でる姿が、大樹に寄り添う彼の姿が、この森に生える大樹の周囲の木に、酷く似ているように見えた。
木になれるような気がしたんだよ。
彼の言葉が頭の中で繰り返される。
言いようのない不安を感じた私は思わず大樹を撫でる彼の手を掴んだ。
突然手を握られた彼は一瞬、ピクリと体を震わせたが、すぐに力を抜いて私の手を握り返してくれた。
その事に少し安心したものの、それでも私の寒気は止まらなかった。
「今でも…」
声を震わせながら、それでも彼の手をしっかりと握りながら、私は言った。
「今でもまだ…木になりたい?」
私はただ怖かった。
付き合っている間、私と彼はどれほどの時間と会話を共にしただろう。
私は幸せだった。
彼が好きだったから、私はそれで幸せだった。
でも彼は? という疑問が浮かんだ時、私はそれにどうしても確証が持てなかった。
私と会話をしている時、同じ部屋で同じ時間を過ごしている時、彼は本当に幸せだっただろうか。
私と共にいる時も、彼の頭の片隅には常にこの森が刻まれていたのではないだろうか。
木になりたい、と思い続けていたのではないだろうか。
それを思うと、怖くて堪らなかった。
「…なりたい」
少し言葉をつまらせた後、それでも彼ははっきりと淀む事なくそう答えた。
「ずっとそう思ってる。初めてこの樹に寄りかかって寝た時から、ずっとそう思ってる。幾ら時間が経っても、周りの環境が変わっても、ぼくは度々此処に通っていて、そしてそれを止められなかった。ぼくは木になりたいと思い続けてるんだ」
あぁ、と私は心の中で呻いた。
この森は彼の心に根付いてしまっていたのだ。
まるで、地下から養分を吸い上げようと深く根をはる木のように。
彼の心の中に根付いたその感情はそのままどんどん大きくなって、きっと彼の中の何よりも巨大な存在になってしまったのだろう。


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