Not melody from you
:Side-right-7
そうだなぁ、と呟いてぼくは微笑ましさをごまかす為に月を見上げた。
千草には悪いがその質問は、ぼくにとって取るに足らないものだった。
千草のその表情がぼくに堪らない愛おしさを感じさせたのを、千草は知らない。
「そうだね。確かに千草の事を変だと思う人もいるけど、ぼくはどうしても千草のそんなところを嫌いになれないんだ」
「嫌いになれない?」
「うん。上手く言葉にできないけど。千草が変わった話をする度にぼくはそれを面白いとしか思わないし、千草が傍にいれば安心する。理由は本当に自分でもよく分からないよ。分かるのはそれら全てが千草に対する好意であるという事だけだね」
「好意?」
「そう、好意」
「好意って、何かしら」
「さぁね。きっと古代ローマの哲学者達もずっと同じ事を考えていたと思うよ」
「それでも答えは見つからなかったのね」
「だろうね」
「私たちには見つかるのかしら」
「分からない。少なくともぼくには無理かもしれない。ぼくはソクラテスより頭のできは良くないつもりだからね」
「ふふ」
ぼくの言葉に千草は少しだけおかしそうに笑った後「じゃあ私たちにはとても分からないわね」と言って、それ以上言葉を続けようとしなかった。
落胆したのではない。
千草はきっとそれで充分だと思ってくれたのだろう。
不安げだった千草の瞳はいつの間にか元の不思議な光を放つ千草らしい瞳に戻っていた。
「あなた、私に似てきたわ」
しばらく沈黙が続いた後、ふいに千草がそんな事を言った。
その言葉に返す言葉は、もうずっと前から用意してあった。
「それは嬉しいな」
ぼくらはまた揃って月を見上げた。
太古からぼくらを見守り続けてきたそれは、今この瞬間の事も、しっかりと記録したはずだ。
そしてまた少し長い時が経ってぼくがこの時の事を忘れかけた時に、彼は再び夜空に浮かび上がって、その忘れかけた記録の断片をぼくに見せてくれるだろう。
そしてその時のぼくの隣には、おそらく千草がいるだろう。
ぼくらはきっとうまくいく。
そんな気がしている。