Not melody from you
:Side-right-3
彼女はこういう歯の浮くようなセリフを苦手なのだ。
うわ、これ、はたかれるんじゃない。とおれは覚悟を決めて目をつぶった。
しかし、そのまま少し待ってみたが、おれの横っ面には一向に衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けてみると、彼女は尚も不機嫌そうに下を向いて、少し苦いチキンライスを黙々と食べ続けている。
はて、おかしいな。
おれは彼女をもう少し観察してみた。
するとおれの目敏い眼は不機嫌そうな顔の中心にさす微かな朱みを見つけた。
あぁ、なるほど、とおれは思った。
苦手というのは、嫌いなんじゃなくて、照れくさいだけだったのか、と。
そう認識しながら改めて彼女を見ると、それはやっぱり可愛くて、おれは密かに苦笑した。
彼女には悪いが、これからも時々台所に立って彼女を手伝おうと思う。
その度に出来るのがいつもより少し口当たりの悪い料理でも、それを補って尚余りある、新たな彼女の一面を見られるような気がする。
夕飯を終えて一緒に後片付けをしている間も、彼女はまだ不機嫌そうな顔をしていた。
おれは彼女に何も言わなかった。
ただ彼女の不機嫌そうな顔を、もう少しだけ見ていたかった。
そんな顔をしたって隠しきれはしないのに、と密かに微笑むだけだった。
そんな事をしている内に、おれの沈んでいた気持ちはすっかり影を潜め、いつの間にか心地よい音楽を聴いた後のように穏やかになっていた。
お前らのお陰だぞ、と学生時代に行きつけだったファミレスとコンビニに心の中で礼を言った。
ついでに通信簿に2をつけた家庭科の先生にも、調理実習の失敗を笑うクラスメイトにも、尊い犠牲となった六個の卵にも、心の中で礼を言った。
そして料理をまったくせずにいつも外食ばかりしていた学生時代の自分自身にも、言ってあげたい事がある。
お前、そのままでいいかもしれないぞ。
料理の練習をしない方が、未来のお前の恋人はいつもより少し可愛く見える。