水泳のお時間〜2時間目-4
「えっ?」
「いや、可愛いなって思って。その水着」
「水、着…?」
「そう。その、ピンクの水着」
瀬戸くんはそう言うと、わたしが着ているビキニの水着を指でさしてみせた。
わたしは言われるまま、視線を下におろす。
すると彼が指さしていたものは昨日、わたしが帰り際に買ったビキニだった。
そう、それはわたしが背伸びしたくて買った初めてのビキニ。
瀬戸くんに見せたくて買った、ピンクの…水着…。
「さっき後ろからこの水着着てる桐谷のこと見てて、可愛いなって思ってた」
わたしの頭二つ分上のところから、瀬戸くんのやわらかい声が降ってくる。
驚いたわたしは、自分が着ていた水着から視線を外すと、真っ赤な顔で瀬戸くんを見上げた。
「ほ、ほんとう…?」
「うん、すげー可愛い」
瀬戸くんはそう言って微笑むと、水に濡れて乱れたわたしの横髪を一房すくいあげ、そしてそれを器用に耳にかけてくれた。
その何気ないしぐさにも、どこか色っぽさを感じてしまい、意識してしまったわたしはとっさに言いかけた言葉を思わずのみこんでしまう。
ねぇ瀬戸くん。
可愛いって
水着のこと、だよね…?
それとも……
結局、瀬戸くんに本心を聞くことは出来ないまま水泳の練習を始めることになった。
「さて、昨日の復習に少し泳いでみようか」
瀬戸くんはそう伝えると一度わたしの元を離れ、プールの台に置いてあるビート板を取りに水の中を掻き分けながら走っていった。
残されたわたしはと言うと、何とか気持ちをきりかえようと何度も自分に言い聞かせる。
たしかに瀬戸くんの気持ちは気になるけど…とにかく今はちゃんと練習に集中しなきゃ。
だってあの瀬戸くんが私なんかのために放課後の時間を割いてまで、練習に協力してくれているのだから。
その気持ちをムダにしないためにも今年こそは絶対、ぜったい泳げるようにならないと。
それでもし、もしも、本当に泳げるようになったら…わたし…
「…桐谷?」
そう思いかけたところで、瀬戸くんの声がした。
思わずハッとして顔をあげてみると、プール台から戻った様子の瀬戸くんがビート板をかついだままの格好であたしを見下ろしていた。
「しょうがないな桐谷は。昨日教えたこと、もう忘れちゃったの?」
「えっ?…あ…」
今の状況にすぐに反応する事が出来ず、そのままつい上の空でいたら、瀬戸くんがしょうがないなって顔で口を開いた。
ふいに聞こえた彼のため息に、わたしはとっさに目線を自分の手元におろす。
その瞬間…動きが固まってしまった。
だってそこでわたしが目にしたのは、明らかに持ち方のおかしいビート板…。