僕とお姉様・最終話〜僕と一緒に暮らしませんか〜-4
玄関先に自転車を乗り捨てると、まっすぐ階段を駆け上がった。
部屋のドアを開けた僕を見るなり母さんは、
「おかえり、強!」
いつも以上の明るさで飛び付いてくる。
「何でいるんだよ」
「来ちゃ悪い?」
「用があるなら電話でいいだろ。俺今忙しいんだよ」
やたら急かす僕の態度にいい年してむくれてみせた。
「せっかくいい事教えてあげようと思ってるのに」
「だから何?」
「強が喜んでくれると思ってまだ誰にも言ってないんだけど―、」
イラつく僕を尻目に、母さんは今日一番の笑顔で明るく言い放った。
「子供できちゃった」
「……………は?」
「子供。赤ちゃん!」
「はっ!?」
「ね、嬉しいでしょ?強昔から赤ちゃん欲しいって言ってたもんね。あ、お腹触る?なんたって強の初めての―…」
『弟か妹なんだから』と、母さんは続けるつもりだったんだ。
でもそのセリフが最後まで言われる事はなかった。
ガチャンッ
パリンッ
ゴトン
ゴンッ
突然部屋中に響いた音、音、音、音。
「あっ」
派手な破壊音の正体は湯飲みが割れて起きたモノだった。お茶を運んできたひばりちゃんが部屋の前でお盆ごとひっくり返したらしく、床と足下がびしょ濡れになっている。
「大変!」
母さんは勝手知ったる感じで階段を降りていった。そっちは母さんに任せるとして、気になるのは破壊音と同時に聞こえた籠った打撃音。僕の耳が確かならば間違いなく押し入れの中から聞こえた。
何かを落とす様な音、何かをぶつけた様な音。
まるで中に誰かいるみたいな…
…………まさか
頭の中で突然降って湧いた可能性に首を横に振る。
それはないだろ。ないない。だって、押し入れだよ?いくらあの人の行動が予測不能とは言えこの中に…なんて、そんな馬鹿な話。きっと中の何かが落ちたんだ。うんうん…
恐る恐る襖に手をかけた。
…重っ
ぎゅうぎゅうに布団を詰め込んだような力が中から働いてる。
何とか僅かに開いた隙間に両手をかけて一気に横に引いた。
「…!?」
全開にした途端黒い塊が視界に影を落とした。押し入れの上段、そこに積まれた客用の布団の更に上から僕に向かって落ちてくるそれは、正真正銘間違なくあのお姉様…
「危…っ」
反射的に両手を広げてどうにか受け止めたものの、勢いに負けて思いっきりしりもちをついた。
何とか受け止める事ができた安心感からか、急激に心拍数が上がっていく。とりあえず、良かった。ケガはなさそうだ。すぐそこにひばりちゃんがいる事も忘れて思わず抱き締めた。
疑問はいっぱい。
何で押し入れから出てきたのかとか、いつからいたのか、でもこの際そんな事はどうだっていい。
今ここにいる、それだけで十分。
そんな感激に浸る僕の胸を、とん、と、お姉様が軽く押した。その力に従うように背中に回した腕をほどいて体を離す。
「山田…」
いつもと同じ呼ばれ方なのに、必要以上に構えてしまう。
今からこの人は僕にどんな顔を向けて何を言うのか、不安と期待で少し緊張したその時、目の前に現れたのは小さな影。