陽だまりの詩 8-1
「現在、特に異常があるわけではないですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、ただ病状が悪くならないように今年中に血管のバイパス手術を行おうとしているだけです」
「…」
「まだ日程は決まっていません」
「先生」
「はい?」
「頼みますから、これからは美沙に何かあれば真っ先に自分に連絡をください。すぐに駆けつけますから」
「…気持ちはわかりますが、これは医者としての責任なんだよ」
急に主治医の口調が馴れ馴れしくなる。
「…」
「でもこれからは、君にもすぐに連絡を入れることにするよ」
「…どうも」
パタンと扉を閉めた途端、酷い憤りを覚える。
あいつ、なにが“美沙、体調が悪いみたい”だよ…嘘ばっかじゃねぇか…
それにあの主治医は何故わかってくれない…
ボサボサの髪をして酒の臭いが残ったまま病院に現れる人間を母親とは呼べるものか。
あの医者とも長い付き合いだが、未だに理解を示さない。
憤りをなんとか沈めながら、美沙の病室に足を運んだ。
「美沙」
「なに?」
「具合、悪いのか?」
「なんで?」
「……いや」
「入ってくるなりわけわかんないね」
美沙はこちらを向かないまま言う。
「……それにしても、なんでお前は夏休み終わっても入院してるんだ?」
「え?」
母さんが言うから渋々了解したが、体調が悪くないなら休ませている意味はない。
「だから、なんで帰らないって言ったんだ?」
俺の問いに答えるために、ゆっくりと振り向いた美沙の顔には影がさしていた。
「……兄貴に」
「ん?」
「兄貴に甘えたかったから…」
「美沙!」
「わっ!なによ?」
「ちょっとそこまでケーキ買ってくるから」
「あ、うん」
俺はダッシュで病室を出ていったが、このとき美沙が後ろでニヤニヤしながら、ちょろいもんね、なんて考えているとはとてもじゃないが気付かなかった。