彼な私-14
八
手をつないだまま、どれくらい時間が過ぎたのか…
グゥ〜…
幸せ気分を壊すように、私のお腹が鳴った。
「あっ、ご、ごめん…」
「…ううん」
杏はクスクス笑って首を横に振る。
そういえば私、昨日からろくに食べ物を口にしていない。
昨日から…昨日…
春樹との出来事が蘇る。
―……うっ…もしかして私…なんだか…とんでもない状況?…っぽい…?
チャララーンララ…
その時、私の携帯が鳴った。
『今から会えない?』
それは春樹からのメールだった。
どきっ…
杏とつないだ手に汗がにじむ…
「誰…?」
探るような杏の声。
「…えっ…おか…お母さんっ、帰ってこいだって、もうっねぇ…」
「…そっか…じゃあ、帰らなね…」
「う…うん、ごめんね…」
「ううん…明日学校で会えるし…」
「あっ、そっそうだねうん、じゃあ明日ね」
立ち上がりながら杏の手が離れていく…
―あ…
キュンッ
空になった手がなんだか寂しくて、私はぐっと握りしめた。
―私何してるんだろう…本当に…
私、ゆっくり振り向いた。杏はまだベンチへぽつんと座っていて、私の視線には気付かない。
『いいよ、今どこにいるの?』
そんな杏を見つめながら春樹へメールを返した。
―…春樹とは終わらせよう…
本気で思った。だって、杏を泣かせたくない。泣かせたくないから…
「春樹、私…」
待ち合わせはなぜだかゲーセンの前。ゲーセンの自動ドアが開く度にザワザワと騒がしい。
「あのね春樹…」
杏のこと、どう切り出せばいいのか…
そんな私に春樹は小さな紙袋を手渡した。
―え?…
「何?…」
「誕生日プレゼント…」
―え…?…
「……でも…」
―なんで…
「いいから受け取って」
「でも私っ」
「…俺…本気だから、タケ子のこと」
どきっ
春樹の目は真っすぐ…真剣だった。
「え…でも…待って…待ってっそんなのっそんなの信じられないよ」
「…うん…だよな…正直俺が一番驚いてる…けど、お前じゃなきゃ…タケ子じゃなきゃだめなんだよ」
きゅんっ
真っ直ぐな春樹の視線。信じてもいいのかもしれない、だって、春樹の目に、言葉に、私は縛り付けられる。
目の奥が熱くなる。
嬉しい…
春樹は私の手をぎゅっと握る。
「春樹…」
その瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちた。
「タケ子…俺のこと好き?」
人前なのに、照れもせずに真剣な顔でそんなことが言えてしまう春樹…そんな春樹が…
―…好き…やなくらい…でも、でも、だめ、言っちゃだめ。杏を傷つけたくないから、春樹のことは…だめよっ言っちゃだめ!!ああぁぁでも
「好き…」
―大好き…
「…タケ子君…なんこれ?」
!!
―え…
私の体から一瞬で血が引いた…
とても冷たい、凍りつくような杏の声がしたから。
鋭く刺さる杏の視線が痛い。
―…春樹とは終わらせようって…決めて…
「私のことからかったと?」
「ーっ、違う」
杏の問い掛けに私、慌て首を横に振った。
「…じゃあなん?今春樹に好きっち言いよったやん」
「そ…れは…」
―……
「サイテー…」
杏、涙を噛みしめるように呟くと私に背を向け駆け出した。
「杏っ待っ…」
私、杏を追いかけようとした。が、その時すごい力で引き戻された。そうだった。春樹と手をつないだままだ。
「春樹…あの…」
「俺、絶対離さねーよ」
「え?…」
「杏のこと、なんとなく気づいてたけど、俺タケ子手放す気ねーから」
―…春樹…
春樹の真っ直ぐな目、私はこの目に弱いのだ。
―終わらせようって…私、決めたのに…
春樹、私の手を引き杏が去った逆方向へ歩き出す。その手が…腕が…力強くて…
―…だめ…終わらせるなんて…この手を振りほどくなんて…出来ない…出来ないよ…
激しく間違ってる。そして激しくわがままだ。だって春樹にどきどきしながら、ずっと杏のことを考えている…
春樹に手を引かれながら、春樹から手渡された小さな紙袋を見つめた。