燦然世界を彩る愛-1
終わる、ということはどういうことなのだろう。
僕は考えていた。
始まりがあれば終わりがある。何にだって、それは万物共通して起こりうる事象であると思う。
例えば、死。
生物に関してはそれが最もポピュラーな終わり方であり、一般的にもそれが正しいと認識されている。
では、何を以って死と定義づけるのか?
脳死状態の人間を死体として扱うのは少々乱暴な気はするが、意思の疎通ができないのならばそれは死んでいるようなものじゃないかと思う。
もちろん、死後に意識の有無があるかどうかなんて僕は知らないけれど、生きている人間と感覚を共有できるとは微塵も思えない。
他界した人物のメッセージを霊能者が汲み取る、なんてことは胡散臭いにも程があるし、第一に僕は霊魂なんてものすら信じていない。
死は人を分かつ。
これは紛れもない事実だ。
だって今、眼下に広がっているモノがそれを如実に物語っているのだから。
では、死んだ後はどうなるのだろう?
もちろん、天国なんてものはない。仮に人の生き方に相応しい場所が用意されているとするならば、僕らが行けるのはおそらく地獄だろう。
それでも構わない。彼女といられるのなら、そこはどんな場所でも美しいからだ。燦然と、輝くはずだから。
―――僕らの物語の終わりにはちっぽけな愛を。そして、少しの優しさを。
◆
「いや、まぁ気持ちはわかるけどな」
栗色の頭をぽん、と叩いた。続けてわしゃわしゃと撫でる。
「いくら屋上で弁当を食べるのが青春っぽいからって無理矢理こじ開けるのはよくないだろ?バール使ってがっこんがっこん扉ぶっ壊してる彼女を見る俺の気持ちにもなってくれ」
突飛な行動は毎度のことなので怒りを通り越して呆れてしまう。前髪に隠れた瞳が、上目遣いに反論してくる。
「…だ、だってせんぱいもそういうシチュエーション好きって言ってたじゃないですか!この前だって夕日をバックに二人乗りしてた時に、なんかこういうのっていいな、って言ったのは他でもないせんぱいじゃないですか!」
杉坂は握り締めていたバールを床に放り投げた。
ガラン、と耳障りな金属の音が響く。
投げ捨てられたバールをちらりと一瞥して、ため息をついた。
「それは絵的にも綺麗だろ。これは犯罪。器物破損だ」
「す、筋書き通りにいけば違ったんです!せんぱいが踊り場に来る前に開けておいて、せんぱい、屋上が偶然空いてましたぁ。だったんです!」
「どう考えても意図的に壊された扉とお前の持ってるバールが、無関係に見えるわけないだろ」
「うぅ…」
「職員室から鍵を盗んでくる方がまだ可愛らしい」
「窃盗は立派な犯罪ですよ!」
「てめぇのやったことも犯罪だっつの!」
◆
「ていうかっ、おかしいと思いませんか?大抵の漫画やらドラマではちゃっかり屋上が開いてたりするのに現実は開いてないなんて」
俯きながら忌々しそうに悪態をつく栗色の頭。僕は彼女の自転車を押しながら、そのゆったりとしたペースに合わせて歩く。
「まだ気にしてんのか?もういいだろ。開かないものは開かないんだ」
「じゃあじゃあ、マンガとかでは何で開いてると思います?」
「鍵の締め忘れとか…」
「ノーッです!正解は、その方が青春っぽいからです!」
「…出たよ、またそれか」
杉坂は『青春っぽいもの』に強く惹かれていた。
やれ甲子園の砂が欲しいだとか一人旅をしたいだとか、青春っぽいものにやたらとこだわる癖がある。
こうして二人で一緒にいることも『青春っぽい』ようで、普段はつまらないものもきらきらと光って見えるという。
彼女曰くそれは僕の影響らしいが、本当はまったくの逆だ。
杉坂といる世界は鮮やかに映るのだ。どんなに薄汚い路地裏でも陳腐な場所でも、世界は燦然と輝いて見える。