陽だまりの詩 5-5
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親父は、俺が中学生のときに病気で死んだ。
血液が心臓でどうにかなったとか、それくらいのことしか今でもわからない。
美沙はまだ生まれたばかりだから、きっと親父の顔は覚えていないだろう。
親父は優しかった。
怒った顔も見たことがなかったし、休みの日にはいろいろな所に連れて行ってくれた。
親父がそんな人だったから、親父が生きていた頃の母さんの記憶は薄い。
だが、親父と一緒にいつも笑っていたのは覚えている。
そう、俺達家族が崩壊したのは、親父が死んでからだった。
母さんは仕事から帰ってくると、すぐに寝てしまうようになった。
もちろん、家事は俺がしなければいけない。
最初は家事なんか何もわからなくて苦労した。
食事くらいはどうにかなっていたけど、洗濯や掃除が中学生の俺には大変だった。
美沙の幼稚園の送り迎えは、近くに住んでいた親戚がやってくれていたけど、それ以上のことはしてくれなかった。
母さんの異変を見て、関わりを避けたんだろう。
休日になると美沙の相手をする。
そうして俺の時間は全く無くなっていった。
しばらくすると、母さんは寝る前に酒を飲むようになった。
今までより、家のことはもっと大変になった。
でも、ちゃんと毎日仕事に行ってくれる母さんには感謝していた。
そのときは親父が死んで、母さんは可哀想なのだと思っていたから。
そんな日々が数年続いたある日だった。
バイトが遅くなり、日付が変わった頃に帰り着いた俺は、勝手に玄関が開いた瞬間硬直した。
知らない男が家から出てきた。
男は気まずそうな顔をして俺の横をすれ違った。
俺はもう高校生だったから、どういう意味かは分かる。
その瞬間、絶望した。