恋の奴隷【番外編】―心の音G-1
Scene8−興味ない
所変わって、私は今、椎名家の玄関で気味の悪い薄ら笑いを浮かべている。
何故って?…それは、ほんの数分前に遡る―――
「さ、入って?」
「お、お邪魔します」
男の子の家に遊びに行くなんて数年ぶりなわけで。なんだかそわそわして落ち着かない。
恐る恐る足を踏み入れると、どたどたと騒々しい足音が近付いてきて。フレグランスの甘い香りが鼻をくすぐった次の瞬間、私の目に映る景色が歪んだ。
「きゃ〜ッ!なっちゃんいらっしゃ〜い!!」
目を白黒させてしまいつつも、状況を把握しようと頭をふるふる振って、周囲を見渡してみると。どうやら背の高い女性が私に抱き着いているらしい。
「え、えっと…」
「忘れちゃったぁ?葵ちゃんのママで〜す」
女性はひょいっと私の目の前に顔を覗かせて、茶目っ気たっぷりに首を傾げて笑ってみせた。
「えぇッ!?」
私は驚かずにはいられなかった。だって、幼い頃の記憶では、ノロのお母さんは穏やかでふわふわとした柔らかい笑顔が印象的で。
「あー…そっかぁ…」
私が目をぱちくりさせていると、その脇でノロが溜め息混じりにそうぼやいて、片手で顔を覆った。
「あ、あの!本当にノロのお母さんですか!?」
「やだぁ〜お姉さんにでも見えたぁ?」
「ナッチー…昔の母さんと違い過ぎて戸惑ってるだろ」
苦笑いを浮かべているノロに、私は物凄い勢いで首を縦に振る。
「あの頃の母さんは演技してたんだよ」
「!?」
そんなノロの言葉に、私はぐらりと視界が揺れる。
「うちの母さん、結婚する前は女優やっててさ。引退してからは自分でコンセプト決めて、それになりきるのが趣味なわけ」
女優かぁ…確かに目を見張るくらい綺麗だもの。ってどんな趣味だよ!?
「当時は白金のマダムを演じてました〜」
「一度演じ始めると、とことんその役になりきっちゃうんだよ」
「すっかり騙されちゃって!私の演技もまだまだ捨てたもんじゃないわね〜」
腰をくねらせて喜ぶその様子は、○ッコーさんを連想させる。
まるで、積み重ねてきたトランプタワーが跡形もなく壊れるみたいに、私の憧れは音も立てず、あっという間に崩れた。
「…ん?なんか焦げくさい…」
我に返ると、私達を囲うように怪しい黒い煙りが漂っている。
「いっけなーい!お鍋に火付けっぱなしだった〜」
ノロのお母さんはそう言うと、ペロリと舌を出しておどけてみせる。いやいや、そんな悠長な…