《glory for the light》-43
(私は)
繋いだ彼女の手が、ぴくりと動く。
(私は、あなたに逢えて本当によかった)
それは僕の台詩だよ。いつだって、そう想い続けてきたんだ。
(そう?)
うん。と百合は領ずいた。闇の中にぼんやりと浮かぶ、小さな笑顔。
故郷にも帰れず、大学にも友だちはいない彼女。還るべき場所は、僕が作る。想い出の中じゃない。時は今。場所は僕の隣。
(もしも僕が…)
ん?と、彼女は首を傾けた。
(もしも僕が音痴じゃなかったら、ここでマスターの大好きなstandbymeでも唄うんだろうな…。それとも、尾崎豊のIloveyouかな…)
百合が微かに微笑んだ。何だか、その笑顔を見たのが随分と久しぶりのような気がした。
(あなたが音痴だなんて、知らなかったわ)
僕も笑った。
(うん。お互いに、知らないことはまだ沢山あるんだね。それを知る時間も、僕等には沢山あるんだ)
生きてる限り、二人の距離は永遠なんかじゃない。
(そうね)
と百合が言った。
(そうだよ)
と僕も言った。
そして、懐かしい沈黙が二人の間にたたずんだ。
穏やかなしじま。優しい静寂。
その静けさの中で、僕は百合との距離がとても小さく感じた。
(問題です)
百合が言った。謎なぞを思い付いた子供みたいに、その口ぶりは軽快だった。
(私の名前を呼んだ瞬間、私は消える。私は誰?)
逡巡の時の後、僕は答える。
(答えは、過去の君。その名前は、今の君のものであって、過去の君のものではない。一秒前にすら、人は時を巻き戻すことはできないからね)
僕の答えに、彼女は呟く。
(そうかな?)
(そうだよ。きっと)
百合はまた微笑んだ。あなたらしい答えかもね。そう囁いた。
(私が用意していた答えは、沈黙よ)
(うん。知ってた)
(知ってた?)
(チェラーミだろ?)
百合は少しだけ憤慨したような表情を浮かべた。それは何処か演技じみた仕草で、とても微笑ましかった。
(知ってて違う答えを言うなんて、ずるいわ)
(ごめんね。でも、この答えの方がふさわしい気がしたから)
僕がそう言うと、百合は少し考えて領ずいた。
(そうね。答えなんて、沢山あっていいんだよね)
(そう思う?)
(うん)
夜空を見上げた。真っ黒のキャンバスに宝石を散りばめたように、燦々と輝く星の海。 横を見ると、彼女も同じように頭上を仰いでいた。
今、僕等は確かに同じ景色を見ている。
今と過去のすれ違いはない。
後一時間もすれば、帰りの夜行バスが発車する。
だから、それまでは…。
僕は二度と離さないというように、百合の小さな手を握り絞めていた。
―10時発のバスに乗り込むと、彼女は緊張の糸が切れたように眠り着いた。
僕はその寝顔が愛おしすぎて、いつまでも、瞳を閉ざすのを躊躇っていた。
暦は秋。遠く離れた南街でのことだった。
『そしてそれが、僕と彼女との、最期の想い出となったんだ』