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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-44

―時は流れる。追憶にふけては、人は過去を慈しむ―
開け放たれた窓から注ぎ込む、光と風。
都会の冬は勇み足。雪のない冬は、季節の移り変わりよりも、ただ闇雲に時計の針を進めるように怠惰。
百合が大学に休学届けを出したまま、僕の前から泡沫のように姿を消して、三ヶ月近く経つ。
僕は窓を閉めて、部屋を出た。
アカネは百合を大学で見掛けなくなったことを、随分と気にかけていたが、その理由を僕に問い質すことはなかった。彼女なりに、何かしらの結論を下しているのだろう。
それはマスターも同じで、何も言わずにそっと見守ってくれている。
地下鉄から電車に乗り、バイトに向かった。年末の慌ただしさなど何処吹く風で、僕等の店は相変わらず長閑だった。
マスターが紅茶を煎れる傍らで、いつものようにアカネが給仕に勤しんでいる。僕はそれに加った。
「実家には帰らないの?」
仕事の合間に、アカネが訊いた。
「いずれ帰るさ。だけど、もう少し時間が必要なんだ」
「時間?」
「そう。時間」
何のことか分からない。と言うように、アカネは疑問符を浮かべた。
百合がいなくなってから、いつにも増して、アカネは大学でも頻繁に僕に話しかけるようになった。けれど、時折、その瞳が切ないくらい悲しみの色を湛えることに、僕は気付いていた。僕が百合を見つめる瞳も、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。
想いを寄せる相手が、他の誰かを想う時の、遠い視線。
僕はその辛さを知っているから、アカネの前では百合の喪失から立ち直ったように努めていた(見破られていることを知りながら)。
そんな自分が百合と酷似し始めていることに気付いたのは、最近のことだ。だから僕は、一つの決意をした。
「明日、バイト休むんだって?」
夕刻になり、閉店の準備を進めていると、アカネは僕に尋ねた。
「ああ。これから行く所なんだ。明日の夜までは帰れない」
「そうなの」
アカネは、以前のような剥き出しの猜疑心を見せなくなった。少しづつだが、彼女も大人になり始めている。
マスターに別れを告げ、僕とアカネは帰宅した。駅へと続く道のりを、二人で歩いた。
「アカネ」
「うん?」
彼女は道端の小石を蹴飛ばしながら僕を見る。
「百合がいなくなったこと、気にしてる?」
何故、今更そんなことを訊くの?そんな感じで、彼女は小首をかしげた。その仕草は百合と同じようで、けれど、何処かが決定的に違っていた。その違いに気付くようになった僕もまた、大人になりつつあるのかもしれない。
「そりゃ、気になるわよ。でも、気にしない」
「どっち?」
「意識的に気にしてない。ということよ。私にはそれが出来るの。便利でしょ?」
たしかに。と言って僕は領ずいた。
不意に吹いた芯のある風に身をすくめ、アカネは体を震わせる。
「アカネ」
「なに?」
「明日の夜、僕が帰ってきたら、君には話すかもしれない。百合のこと、僕のこと」
「…うん」
僕は、このままではいけないから。あの日、百合に言った言葉を、今度はそのまま自分に言い聞かせなければいけない。過去を忘れるためでなく、越えるために。
「僕等に時間は、沢山あるんだ。やり直す時間も、立ち直る時間も」
「まだ若いですからね」
アカネは明るく微笑んだ。やっぱりそれはアカネだけの笑顔だった。
「うん。だから、時間は沢山ある。だけど…」
「だけど?」
「悲しむ時間は、後悔する時間は、もう終わったんだ。これからは、前に進むための時間なんだ。心配かけて、ごめんな」
その言葉の全てを理解した訳ではないだろう。だけど、アカネはしっかりと僕の目を見て、領ずいてくれた。
心地の良い沈黙に口を閉ざしながら、僕等は駅へとたどり着いた。混雑する駅のホームで、それぞれの電車を待つ。やがて僕の乗る電車が到着すると、アカネは僕に言った。
「いってらっしゃい」サヨナラではなく、いってらっしゃい。
「いってきます」
僕はそう言って、電車に乗り込んだ。
20分ほど電車に揺られた後、僕はバスターミナルへと足を進めた。すでに辺りは暗くなっている。
夜行バスの到着を待ちながら、百合との、大切な想い出の一つ一つを反芻していた。
(余裕そうね)
それが、僕の耳が捕らえた、彼女の最初の言葉。
思えば、あの時からすでに、僕は予感していたような気がする。
手にしたかと思えば溶けてしまう、初雪のような人だった。
やがてバスがくると、5〜6人が乗り込んだ。皆、それぞれに帰る故郷があるのだろう。僕は最後にバスに乗った。指定の席に着くと、最期に百合と話した海辺に想いを募らせ、ひっそりと瞼を閉ざした。


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