《glory for the light》-40
―病院で目が覚め、流産したことを知った百合は、まるで廃人のようだったという。誰に話かけられても、固く口を閉ざし、食事も碌に喉を通らず、いつも遠くを見つめていた。彼が見舞いに訪れても、その様子は変わらなかったという。
そんな百合を変えたのは、皮肉にも彼の死だった。
良く晴れた日、大地に、あるいは母なる海に還ろうとしたのか、海の中で自殺した。
遺書はない。ただ、白い便箋に入れられた百合宛ての手紙だけを遺していた。差し出し名もなく、百合の家の郵便受けに入れられていた。
入院中の百合の精神状態を考慮し、彼女は彼の死は知らされていなかった。しかし、百合の母が、家に届いていた白い便箋が百合宛てであることを確認し、百合に渡した。その手紙を読み、百合は彼の死を知った。
彼の遺した手紙には、どんな想いを伝えるための言葉が綴られていたのだろう。
百合はその手紙を読むことで、少しづつ、失われたものを取り戻していく。つまり、生きる力。
その力をもたらすものは、悲哀を覆う別種の悲哀であったのだと、僕は思う。だからこそ、三年の星霜を経た今でも、彼女は哀しみの淵で行き場を見い出せずにいるのだと思う。
退院後、彼女はまた学校に通うことになる。ありふれた日常に身を置くことで、痛みを紛らわせたかったのかもしれない。勿論、ありふれた日常なんて送ることはできなかっただろう。自身に影を落とした悲劇的な過去も、彼女を見る周囲の目も、全てがそれを許さなかった。彼女が悪い訳じゃない。誰が悪い訳でもない。けれど、彼女は孤立し、街を出なければ壊れそうになったんだ。
だから二年後、彼女は遠く離れた街の大学を受験した。そして、僕と出会った。
―百合が目覚めたのは、窓の外を闇色のカーテンが覆い、ただでさえ静かな街に睡魔が訪れ始める、そんな時の頃だった。
(ごめんね)
百合の唇が、その言葉を吐き出す前に、僕が先に口火を切った。
(…私こそ)