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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-34

―過ぎ去る時の深遠に、痛みと悼みと共に、百合の想いが刻まれた街。彼女の中では、この街は時を止めている。一人の人間が死んだ時から―
薄く棚引く雲の下では、何匹かのトビや海鳥が、颯爽と空を渡っていた。潮気を含む風に乗り、打ち寄せる波の唄が聴こえる。
バスを降りた僕等は、海辺へと来ていた。
肌を覆う大気は、薄曇り空の下なのに、やけに暖かかい。
北の海とは比較にならないほど、透徹された海面を見ると、随分と遠くまで来たことを実感する。
僕は、隣の百合を横目にした。
果てしなく広がる海に等しく、何処か茫洋たる表情。
(大丈夫?)
連日の寝不足のせいか、それとも、胸中に去来する、過去の楔のせいか、顔色の優れない百合に向かって、僕は尋ねた。
(ええ。大丈夫)
予想に反して、彼女の声は凛としている。感情を押さえ、僕の目には見えない何かと対峙していた。
分からなかった…。恋人が死んだ街を疎遠にしたい気持ちは、理解できる。しかし、彼女があれだけ恐れた理由は、それだけではないような気がした。百合が、頑なにこの街を避けているのには、他の要素も存在している。此処に来て、僕はそんな気がしてならなかった。
たとえ今は亡き人でも、彼との想い出が幸せなものだけならば、この街に帰ることを恐れる必要はない。
僕たちはまた歩き出し、海岸線の手前で足を止める。
薄い光を吸い込んで微かに煌めく水面は、息吹をするように揺らめき、さざ波を繰り返している。
(疲れてるだろ。何処かで休もうか?)
静かに首を振る百合。
(平気。ここにいるわ)
彼女は短く告げながら、曇り空の下に広がる海原を一望している。僕も同じように、延々と広がる水平線を視界に収めた。百合と同じ風景を共有したかった。けれど、二人の見ている景色には、目には見えない差異がある。やがて百合は、白い砂浜の上にそっと座り込む。僕もそれに倣った。
(夏休みには、よく二人でこうしていた)
追憶の言葉に、僕は耳を傾ける。
(…不思議ね。その時二人が何を話したか、余り覚えてないの)
時が忘れさせたのか、自らが忘れさせたのか。恐らく、後者だろうと僕は思った。
(覚えてるのは、どんなこと?)
僕の問いに、彼女は薄く微笑んだ。想い出の無邪気さに微笑むようにも、自嘲の笑みを浮かべたようにも見える。いずれにせよ、その笑顔は、悲しみの色をを帯びていた。
(私は、百合の花だから、死者を悼む花と同じ名前だから…)
一旦言葉を区切り、彼女は辛そう続きを言う。
(私が悼んでくれるなら、死者は黄泉帰る。その花を愛でるために…。彼が、私に宛てた謎々の答えよ)
馬鹿げてる。僕は違うと言いたかった。君は、死者のために生きている訳じゃない。君は、君自信のために生きるべきだ。
百合は、また哀しげに笑う。
(でも、結局は生き返ってはくれなかった。…馬鹿みたい)
本当に、馬鹿げてる。でも、彼の気持ちが、痛いほど分かる自分もいる。同じ一人の女性を愛した二人。僕がその人と逢うことは、永遠ない。それでも、僕はその人と対面して、話がしたいと思った。君は、どうして百合を置いたまま逝ってしまったんだ…。
百合が、粒子の細かい砂を手に取り、ギュッと握り絞める。彼女の想いを裏切るように、白い砂粒はサラサラと溢れ落ちていく。
(私たちは、お互いが道しるべ。それを失った私は、迷い続けているのね…)
囈言を囁くように、消えそうな声は、風に流され不明瞭。それでも、想いの残滓だけは、不思議と僕の胸に響いている。
(やっぱり、何処かで休もう)
これ以上、沈んでいく百合を成すがままにしておくのは耐え難かった。
僕は立ち上がり、百合に手を差し伸べる。僕の声すら届いていないのか、この手すら見えていないのか、彼女は口を閉ざして海を眺めていた。
僕は途方に暮れて、差し出した手を引っ込める。百合は立ちすくす僕に気付くと、投げ掛けるような視線を彼方に向け、腰を上げた。
(近くに、喫茶店があるわ)
それだけを告げると、百合は踵を返す。いつまでもこの場所に留まろうとする自分を殺すように、その足取りは毅然としていた。僕は一度だけ海原を振り返ると、百合の足跡をたどった。


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