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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-31

(…動かないね)
(おい、冬眠するにはまだ早いぞ)
僕はガラスをコンコンと叩いた。
(亀って、冬眠するの?)
(しないかも)
百合はおかしそうに笑い、また亀を眺めた。
(子供の頃ね、お祭りで捕ってきた亀を飼ってたの。五歳位の頃だったかな)
(金魚掬いみたいなやつだろ?)
百合は領ずいて、続けた。
(海ガメって、卵を産む時に涙を流すでしょ。それを知ってから、夜中にこっそり起きて見張ってたの。亀が涙を流す瞬間を見たくてね)
百合は幼い頃の自分を懐古してか、手の届かない想いに浸るように、少しだけ目を細める。
(僕も、昔は感動したな。こんなに無愛想な生き物が、涙を流すなんてショックだったよ)
そうでしょ。と言って百合が微笑む。
(だけどね、僕の意地悪な叔父が教えてくれたんだ)
(何を…?)
(知ってる?海ガメは卵を産む時、泣いてる訳じゃないんだよ)
彼女は怪訝そうに首をかたむけた。
(海ガメはね、卵を産み落とす時だけではなくても、泳いでいる時とか、常に瞳から水分を放出しているんだ。海水中で蓄えた塩分の余りを排出するためにね。たまたま彼等が陸地に上がるのは、卵を産む時だけだから、それを見た人間が、涙を流しているって勘違いしただけなんだ)
百合は軽くショックを受けたように目を見開いた。
(…そうなんだ。知らなかった)
(でも、そんなのは知ったことじゃない)
僕が言うと、百合は、何が?と尋ねて顔を覗き込む。
(彼等は、我が子に待ち受ける試練と、その試練に耐えきれずに多くの子供が死んでしまうことを知っている。だから、涙を流す。それでいいだろ。いつか君は僕に言ったよね。セミが騒がしく鳴くのは、彼等は、自分の命が残り少ないことを知っているからだって。僕も、そう信じてる)
百合は、笑って領ずいてくれた。いつだって、その笑顔が僕に教えてくれた。目に見える事実だけが、真実ではないと。
(じゃあ…質問です。人は死んだら、何処に行くのでしょう?)
百合は、死んだように眠った亀を見つめながら言った。意識だけが、僕の知らない、何処か遠い方へ向いていた。死を話題に出すことは、彼女が過去と向き合うことになる。自ら死という単語を口にしたことは、彼女自身、変わろうとしている証に思えた。きっと、変われる。独りで変われないのなら、僕がその糧となる…。
僕はその想いのパーツを、言葉に代えて紡ぎ出す。
(…人が死んだら、お空の上さ。昼間には光になって、温かく、遺された大切な人を見守っている。夜には、星になって、穏やかな眠りを祈る。悲しい時には、雨になって、一緒に涙を流してくれるんだ。けれど、それは長くは続かない…。やがて、天国へ帰らなければならないんだ。産まれ代わって、新しい命になるためにね…。だから、遺された人は、いつまでも哀しみに縛られていたらいけないんだ。だって、そうだろ?折角新しく産まれたのに、いつまでも昔の自分ばかりを想われていたら、何のために産まれたのか分からない。たとえ記憶は失っても、人の命は、きっと繋がっているから、来世でまた逢えるから、だから、神様は人の命に限りを与えたんじゃないかな…)
百合は、固く瞼を閉ざした。願わくば、その脳裏に浮かぶものを、いつの日か、笑って想い出せる日が来て欲しい。そしてその時、百合の傍らにいるのは、僕でありたい。彼女の切なげな横顔を見て、僕は心からそう思った。
(…私も、そう信じたい)
瞳を開くと、百合はそう言ってくれた。
僕等はどちらからともなく、手を繋ぎ、蒼く染められた空間をゆっくりと歩いた。
館内のショップで、僕はガラス細工のオブジェを見付けた。大きさは手の平に乗る程度だ。二頭の、蒼く透き通った亀が、寄りそうようにして並んでいる。どうやら二つセットで販売されているようだ。値札を見ると、予想より高い。創立十周年記念の限定品らしい。僕は少し離れた場所で絵ハガキを眺めている百合に視線を移した。少し悩んだが、やがてそのガラス細工を手に取り、レジに持っていった。
(何を買ったの?)
会計を済ませた僕に、百合が尋ねる。僕は紙袋ごと彼女に渡した。
(プレゼントです)
百合は嬉しそうに笑ううと紙袋を受け取った。並んで歩きながら、彼女は袋を開けた。
(あっ…亀だ。可愛いねこれ)
喜ぶ百合の顔を見て、僕は財布の軽さを忘れることができた。
(しかも、つがいの亀なんだ。あっ…ねぇ、見て。二つとも微妙に顔が違うよ!)
子供のように微笑む百合。
それは、いつもの大人びた笑顔とは違った無邪気な表情。もしかしたら、これが本当の百合の笑顔なのかもしれない。


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