《glory for the light》-11
窓辺から朱色を帯びた陽光が刺し込み、僕とマスターは閉店のための片付けをしていた。
「アカネちゃんな…」
一通り片付けが終わると、マスターは煙草に火を着けて言った。
「何です?」
僕は帳簿をチェックしながら訊いた。
「お前のこと、好きなんだよな?」
皮肉なほどにハイテンションなポップスがステレオから流れていた。
「…そう、何ですかね」
僕は電卓を打ちながら答える。
「今日の態度を見ればガキでも分かるだろ」
一日の合計利益を算出し、帳簿につけ終えた僕は重々しく吐息を漏らす。
「仲の良い方だとは思ってましたけど、まさかね…」
マスターは苦笑しながら、紫煙を天井へと吐き出した。
「人生の先輩が、彼女の心理についてレクチャーしてやろうか」
「…是非、ご指南を」
僕は手近の椅子に腰を降ろすと、マスターに向き直る。煙草を勧めてくれたが、僕は遠慮した。くわえ煙草でマスターは言った。
「彼女はな、当然お前も自分のことを好きだと思っていた訳だ」
「…単刀直入ですね」
「俺から見ても、そうだったぞ?」
僕は押し黙った。
「だから、お前が大学で他の女の子と仲良く―いや、俺は詳しい事情は知らないが」
「聞いてたんですね。それで?」
「…うむ。それでだな、お前が他の子と仲良くしてたのが気に入らない。自分のことを好きでいてくれてる。そう思ってた分、なおさら気に入らない。まるで自分の想いを踏みににじられた、裏切られたようだ。自分のことを好きでもなんでもないのに、あんなに仲良くしてたのは何故?ってな。そこまでは、いくらお前でも分かるだろ?」
僕は小首をかしげる。マスターが眉を上げた。
「理屈としては分かるけど、ちょっと…」
「納得のいかない部分でも?」
「…ええ」
陽気なポップスがオールドロックへと曲を代えたが、マスターが口笛を吹くことはなかった。
僕は黄昏の色彩に染められた窓の外を一瞥し、やがて煙草の煙へと視線をあてる。
「アカネが、僕のことを好きだったとしても、あの態度はやっぱりどうかと…。僕が他の子と話していても、僕とアカネは付き合っている訳でもないし」
半分ほど吸った煙草を揉み消し、マスターはまた新しい煙草に火を灯す。僕は続けた。
「そりゃ、好きな人が自分以外の異性と仲良くするのは、いい気持ちはしないでしょう。僕だってそうです」
僕がそう言うと、マスターは、
(誰か好きな子がいるのか?)
と言いたげに片眉を吊り上げる。言及はしてこなかったので、構わずに続けた。
「けど、だからと言ってその怒りを僕にぶつけるのは違うかと。嫌な言い方ですけど、僕に否はありません。何故なら、僕等は恋人同士ではないから。さっきのアカネの態度は、恋人の浮気をとがめるそれであり、友だちに対する態度としては相応しくない。たとえ嫉妬心が生まれる状況にあってもです」
何故だろう。言い終えた後で、僕は少し悲しくなった。そんな考え方をする自分がわびしいとも思ったし、今までアカネの想いに気が付かなかった自分が情けないとも感じた。
「嫉妬を行動で示すのは恋人の特権。友人であるアカネがお前を殴る権利はないと?」
彼は笑いながらそう言った。死んだ叔父が、悪戯をした時の僕を見る目と似ている。
「…冷たい言い方をすれば、そうなってしまいますね」
僕は苦笑し、頭をかいた。
「ガキなんだよな。結局は」
マスターは立ち上がり、洗ったばかりのグラスを二つ取り出す。冷蔵庫からアイスコーヒーを抜き出し、グラスに注いだ。
「…誰がです?」
「両方だよ」
差し出されたグラスを受取り、僕は訊く。
「それは、どういう意味で?」
彼は煙草を消すと、美味そうに褐色の液体を嚥下して言った。
「アカネちゃんが見掛けによらず、子供っぽい性格なのはお前も分かるだろ?」
「時々、呆れるくらい子供っぽいですよね。彼女は」
うむ。と領ずいて、マスターはまた煙草を吸い始める。どうでもいいが、吸い過ぎだ。
「あの純朴さは、というか、恋愛の駆け引きを知らないとこなんか、まるで小学生レベルだよな」
「思い付いた瞬間には行動して、後になってから後悔するタイプ。純粋といえば純粋なんですけどね…」
アカネのそういう性格が、僕は好きだった。マスターだってそうだろう。