『one's second love〜桜便り〜』-6
「相馬さん、真面目な人なんだな。俺が無理矢理聞かなきゃ、本音なんて話してくれなかったよ」
「私、着替えてくるわ」
そういって、二階へと上がっていくナツコさん。
「…アンタの事、まだ好きなんだってさ」
「………」
「また後で掛けなおすって。どうすんの?ナツコさんが逃げちゃったら、俺が出るよ」
最後の電話から一時間とちょっと。
そろそろ相馬さんから、三度目のコールが鳴ってもおかしくない時間だ。
「そしたら俺、事情知らないからこの店の場所バラすよ。ついでに適当なこと言ってここに連れてくるけど」
「……っ。関係ないじゃん。要くんには」
「そろそろご新規増やしたいって言ってたよね。いつもお世話になってるんだから、これくらいさせてよ」
「うぅ……」
階段の上から悔しそうなうめき声が聞こえる。
俺とナツコさんの上下関係が逆転した。
後はなし崩し的に、向こうから折れてくれるのを待つだけだ。
しばらく愚痴なのか、俺に対する恨み言なのかよく分からない文句をぶつくさ呟いていた彼女は、やがてゆっくりと一階に降りてきてくれた。
「ずるいなぁ、君のやり方は」
「弱味を握ったらそこにつけこむのはアンタの常套手段でしょ?」
と俺は言った。
ナツコさんは長い溜め息を吐いた。
「君にそんなこと仕込んだ覚えはないのに…」
呑み込みが早いのか、ただ単に意地が悪いのか。
どちらにしろたちの悪い客だと思う。我ながら。
「前にさ要くん、言ってたじゃない。ここで私の入れるお茶を飲んでるのが好きだって。
あれさ、私も同じ。私もここで、コーヒー一杯で三時間粘ってくれる人とかとお喋りしてる方が好きなの」
「なんか、遠回しに俺のこと図々しいって言ってないか?」
「ずっとここにいれば…、ずっと逃げていられれば、苦しむことや悲しむ必要もないのに」
ナツコさんにとって、過去とは、一体なんだろう。
本人の言うとおり、苦しかったり、悲しかったり、逃げ出したくなるようなものだったんだろうか。
少なくとも、今の俺には、それを否定することは出来ない。
結局は、俺もナツコさんも似たモノ同士だから。
弱い生き物が寄せあって生きるみたいに、この場所に集まるように。
殻に閉じ籠って、ぬるま湯につかっていればいつか忘れることも出来るんじゃないかって錯覚してた。
「…なのにどうして、思い出しちゃうんだろうね」
そうして、ぽつり、またぽつりと自らの傷を晒していったナツコさんは……
少しずつ、いつもの調子を取り戻すように喋り始めた。
?
どうしよう……?
夜も更けた頃、ベッドに横たわり、手に持った日記とにらめっこすること数時間。装丁は剥がれ、色落ちの激しい表紙に汚い文字で書かれた名前が目に留まる。そうだ。間違いなく、要の日記だ。
私の部屋には、あと数冊同じものがあるけど、まだ一回も目に通していない。
別に見たくないわけじゃなかった。
興味はある。
私と兄貴の探していた答えがそこにはあるから。
それだけで、理由は充分。