『one's second love〜桜便り〜』-4
コポコポ……
慣れた手つきで自分のお茶を入れる姿は、もうどっからどう見ても店員くらいにしかならない。
…いいな、これ。このままここで働くのもアリかもしれない。ナツコさんが帰ってきたら、真面目に頼んでみるか?
そんな妄想を一人噛み締めていると、カウンターの柱に備え付けられた電話の子機から大きな電子音が鳴り響いた。
「はい、もしもし。」
俺が当たり前のように出ると、電話の主はおっかなびっくりした声でずいぶんとあわてた様子だった。
「え、あっ…す、すいません!間違えました!」
……ツー、ツー。
なんだこりゃ?
不思議に思い、受話器を元に戻そうと手をかけたらはかったようにまた鳴った。
「はい?もしもし」
今度は切れ気味に答える。相手の声はさっきと同じで妙におどおどしていて聞き取りづらい。
「悪戯ならお断りですけど?」
「い、いえっ…そんなことは…」
「じゃあ何か?ここ出前はありませんよ。ただの喫茶店だし」
電話ごしに嫌味を言ってやる。だが相手はそれには反応せず別のことを聞いてきた。
「あのぅ…、そちら『Again』でよろしいですよね?」
「さっきも言ったでしょ」
「ですよね!ネットでも調べたんですよ。そちらの店長が女性だからって」
そういうことか…。
安堵を浮かべた、声。
そちらからすればナツコさんが出るはずと期待していたものを、いきなり男の野太い応答だったのだ。
そりゃ驚くわ。
「ああ、スイマセン。オーナーはいま外出されてまして、代理で俺が店番を…」
「そう、ですか…」
その人は少し、気落ちしているようで。その言い方がなにか含みを持っているようだった。
「彼女は、逢沢那津子さんは元気ですか?」
「そりゃ、もう…」
毎週合コン三昧で。ってそんな事いえるわけないし。
「毎日バリバリ働いてますよ」
さっきのコーヒー代、チャラにしてもらおう。
「そっか。なら、よかった…」
この人は、ナツコさんを知っている。
そしてナツコさんも、たぶんこの人を知っている。
一体誰なんだろう?という好奇心。それはもちろん、予想の範疇を出ない話ではあるんだけど、有り得ない話じゃないから。
だからあえて、俺は何も聞かない。
「伝言、承りましょうか?俺、ナツコさんが帰ってくるまでは店にいるんで」
「いや、別にいいです。ホントは掛ける気なかったし」
「あ…」
彼が、電話を切ろうとする。
そのまま、終わらせようとしている。
まるで、あの時みたいに。
「わかりました。じゃあ、名前だけでも」
俺はそこばかりは譲れないと粘った。
短い沈黙。
やがて押し黙るのに疲れたのか、事実を隠すことを諦めたのかやっと彼が観念してくれた。
「それなら、伝えてほしい。僕はね……」