『one's second love〜桜便り〜』-13
「今日はどうしたんです?」
「うーん……。言おうかどうか迷ったんだけどな」「何です?」
「岬の、現在の病状なんだけどな」
血の気が引いた。
さっきの嫌な予感が現実になった気がして、俺は言葉を失った。
「結論から言っていいか」
一度、咳払いをしてから先生ははっきりと答えた。
「もうすぐ、全部忘れちまうよ。お前のことは」
ドクン。
心臓が、張り裂けそうな音を立てた。
…岬が、俺を忘れる。
今度こそ本当に。
「やれることは、全部やってきた。全力を尽くしたつもりだった。俺は岬の気持ちを知っていたし、お前たちをずっと見守ってきたから……分かるんだ。どうすればウチの妹が幸せになるか、それだけを考えてきた」
先生はそう言って、小さなため息を吐いた。
「でも、お前が高校を出てそっちに行くようになってさ、岬は変わった」
「……………」
「病状が明らかに悪化したんだ。以前の進行速度では、考えられない速さで」
俺が追い求めていたモノ……。
ずっと憧れていて、居なくなってしまった時も頭から離れなくて。
ひたすら…待ち続けていた。
あの頃の、幼い岬を。
でも今の岬は俺の知ってる岬では決してなくて、顔を見る度に切なくなった。吐き気がしそうなくらい寂しくなった。
気付いたら、何もかも棄てて逃げ出していた。
辛かったり、苦しかったり色々な感情が溢れて、いつしか俺は彼女のことを考えないように、思い出さないように努めた。だって、その方が楽だったから。
悲しい現実に立ち向かうには、俺はおよそ弱い人間だった。
「きっと岬は、今でもお前の事が好きなんだ。昔のお前が分かんなくても、記憶をなくしていっても……好きだったって気持ちだけは忘れてないんだと思う。
お前は……どうなんだ?まだ岬の事好きか?」
「……………」
ズバリと言われ、俺は思わず言葉を失ってしまった。
ずっと答えを出したくて、でも答えるのが怖くて……いつも、濁してしまう。
岬はそれを願っていた筈なのに。
もういいかげん、そんな自分にうんざりしていたのかもしれない。
「好きですよ」
長い沈黙の後、俺はそう答えた。
「じゃあ、どうして逃げた?」
「逃げたって……俺はこっちの大学に受かっただけですよ」
「違う。岬から離れたかったんだろ?自分の思っていた岬が変わっちまったもんだから、嫌になったんじゃないのか?」
……結果的には、当たっていた。
「今のアイツからしてみりゃ、酷な言葉だろうな」
先生は溜め息を一つ吐くと、そう言って苦々しく笑った。
俺はもう一度、好きですと答えようとした。
だが、声が出なかった。嘘がつけなかった。
思ってもないことを言う自分が、たまらなく嫌いになりそうだったから。だから代わりに、俺は言った。
「迷ってるんです。実は」
暗闇に、掠れた俺の声が響いた。
「最初は、時間が解決してくれると思ってました。岬は何だかんだ言って俺のことを思い出そうとしてくれたし、頑張ってくれてたから。不安よりも何とかなるって期待が大きかったんです。
また昔みたいに戻れるかもしれないって」
でも、現実は違った。