『one's second love〜桜便り〜』-11
「それにしても、岬も中々可哀想な子ねぇ。昔の彼氏が忘れらんなくてこんなものまで引っ張り出すなんて」
トゲのある台詞を口にすると、ナナは哀れそうにこちらを見た。
「オマケに自分からフったくせに未練がましく思い出に浸ってるなんて」
たぶん、普段の私だったらここでキレてる。
だけど、ナナの言ってることは全部真実で、正論だった。
「たぶん岬はまだその人の事が好きなのね」
「そうなのかな…」
自分でも分からなかった。治療と割りきって、要の日記を読んでいたはずなのに。
いつの間にか、思い出と一緒に要への想いが募って、気付いたら彼のことばかり考えていて。
それでもどこかで、ブレーキを架けていた。
報われないことだけは分かっていたから。
「でもね、岬。これって実は、すごく簡単な問題」
ナナの目が真っ直ぐに私を捉える。
「アンタがどうしたいか、たったそれだけ」
……普通の恋愛だったら、たぶんそれが正解なんだろうけど。
私の敵は、私。
初めから勝負なんてできない。ナナはそれを知らないから、その尺度でしか測りようがないんだ。
「もし、それでもダメだったら?相手の心に私が入り込む余地なんて全くなかったら、どうする?」
「うーん…」
少し考え込むような仕草を見せてナナは唸った。私は余っていたティーカップに手もつけずにナナの言葉を待った。
「ダメならダメで、良いような気もするけどね」
「え?」
「だって、最初から上手くいくなんて分かりきった試合なんてある?勝手に相手を想像して、いやなイメージ持って凹んでたらいつまでたっても前に進めないよ」
確かにそうだけど。
私には、要のことなんて分からない。趣味も嗜好も分からない。色々と聞きたかったけど、聞いても無駄だなって思ってたから。
「逃げるのは駄目。自分が嫌いになっちゃうから。嘘をつくのはもっと駄目。一度ついたら、もう嘘しか吐けなくなるから」
そっと、囁くようなナナの声。ズキリと、胸が痛む。
「好きなんでしょ。たったそれだけなんでしょ。自分の気持ちにだけは、嘘つけないでしょ?だったらいいじゃん、それで。もしダメでも後悔しないように。例え負けても、強くなれるように」
ナナが言ってるのは強引で、力強くて、なんて私に……甘い、選択なんだろう。
要の事が好きで、切ないくらいに好きなのに。
あの時、私の方から全てを断ち切ってしまった。
二人がこれ以上、傷つかないように。たとえもう、二度と会えなくなったとしても。
でも今。私は悩んでる。どんなに抑えても、溢れ出るのを止められない。
頭ん中がどうかしちゃったみたいにぐちゃぐちゃしてる。
自分の気持ちが、分からない。
校内放送のチャイムが鳴って、昼休みの終わりを告げる。
ナナが、席を立った。
「ゴメン、偉そうなことばっか言って」
そんなことない、と私は首を振った。
「午後から経済なんだ。もう行かなきゃ」
「うん」
「じゃあね」
ナナが小走りで駆け出す。私はその背中を見送っても、その場から動くことができなかった。
大きく重たい意志が、私を縛りつける。机の上に無造作に置かれた日記帳には、幼い要の丸っこい字で記録された幾日もの時間が詰まっていた。
ホント、こんなもの、読むんじゃなかった。
「――岬!」
背中から私を呼ぶ声。振り向くとナナが手を挙げて叫んでいた。
「私、応援してるからね。今度はタダで話聞いてあげるから、だから頑張れ!」
ナナはそう言って私にエールを送る。そして、木々に囲まれた遊歩道を再び校舎に向かって走り抜けていった。