『one's second love〜桜集め〜』-2
放課後、帰宅まっしぐらの俺を保健室の波多野が引き留めた。
「今、ちょっと時間あるか?」
ボサボサの髪を掻き上げながら呼び掛けてくる青年教諭をいちべつする。
男の保険医という詐欺師のような設定に用はない。そのまま帰ろうとしたが次の一言が俺の足をとめた。
「妹のことなんだが」
面倒臭そうに煙草を取り出すと俺に断りもなく火をつけた。
「…校内は禁煙ですよ、波多野先生」
「ん?固いこというな。オマエだって人のこと言えんだろ」
「俺はちゃんとバレないように吸ってます」
と言って、波多野の口から奪い取った煙草を半ば強引に揉み消した。
匂いがついたら俺が疑われるのだ。
「…で、岬がどうかしたんすか?」
「いや、それがなぁ…」
波多野は口を濁したまま煮えきらない。
わざわざ俺を呼びつけて、どういうつもりだ。この男は。
「オマエ、岬と仲良かったよな?」
「ええ、昔は」
「よく一緒に遊んでくれたっけな」
「昔は…ね」
俺はさも当たり前のように受け流す。
岬との関係に一歩線を引いたまま。
ただのクラスメイトなのだという現実に。
「じゃあ今は別になんともないんだな?」
閉口した。
なぜそんな事を聞くのだろうと思った。
「そんな訳じゃないですけど…、少なくとも岬は俺を嫌ってるんじゃないかな」
「どうして?」
「得体のしれない、ましてや見たこともない会ったばかりの男にいきなり、俺はオマエを知ってるなんて言われたら引くでしょ。普通」
「…………」
波多野はうーん、と唸った後。
「それは、運命とか?」
…頭が痛くなってきた。
「俺、帰ります」
アホに付き合ってる時間はない。
「まあ、待て待て」
逃げ出そうとした俺の肩を掴み引きずり戻すと、今度は真面目な顔になって彼は言った。
「こっからが大事な話なんだ」
早くいえよ、と心の中で毒づきながら俺は次の言葉を待つことにした。
「…実はな―――」
?
それは、予想外にシリアスな話だった。
そして俺が思っていたよりも、ずっと深く、あまりにも理不尽だった。
波多野は淡々と語る。
岬の記憶。
その消失の根源ともいえる驚くべき事実を。
「もし、一人の人間の記憶だけが無くなってしまう病気があるとしたら」
最初は、どうにも胡散臭く信じがたい内容だった。
自身の脳内で複雑に絡み合った絲のような情報。
その中からたった一つ。
PSからデータを選んで消去するように。
今、岬の中で同じ事が起きているらしい。
膨大なスペックから意図的に切り取られた存在。
原因不明の病によってねじ曲げられた一個体。
――それが俺?
やはり、にわかには信じられなかった。
というより、本当にそんな病気があるのなら、数ある人のなかで何のために俺が選ばれたと言うのだ。
俺が岬にとって、不必要な人間だとでも言うのか。
「違う。必要だから消されてしまうんだ」
「どういう意味っすか?」
「…つまりだな」
波多野は二本目の煙草を取り出すと素早く火をつけた。