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かつて純子かく語りき
【学園物 官能小説】

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かつてクミコかく語りき-3

「だいじょーぶ」
「ん?」
身体全部が心臓になったみたいに、どくんどくんと煩い。
「飲み過ぎた……けぇ、外の空気吸ってくるわ」
それだけ言うのが精一杯。研究室の飲み会だということも忘れて、あたしは店を飛び出していた。
後ろで誰かが名前を呼ぶ気がしたけれど、聞こえないふりをした。



「……はあ」
手足の感覚が鈍い。頭も全然回らない。心臓だけが、強く速く鳴りつづけた。
「なんなん、もー……」
店を出て、大きく息を吐いた。冷やりとした風が頬に気持ちよい。
「あたし……何しよるん……」
備え付けのベンチに座り込み、ぽかんと浮いている月を眺めていたら、蛇行していた思考も次第にすっきりしてくる。
自然って偉大だ。そして、あたしはちっぽけだ。
と、同時によみがえるのは滝田君の腕の感触。
……あ〜〜。
まーじーで、いけん。
あたし、ほんとに滝田君を「好き」になってしまうんじゃなかろうか。
ふぎゃあああ、と頭を掻きむしる。ゆるゆるのパーマは、ぼさぼさのホウキ頭になった。
「茅野ちゃん?」
不意に声を掛けられ、びくっと肩をすぼめた。おそるおそる振り返ると、そこには藤川さんがいた。
「やっぱり。どうしたの?」
クレープ屋さんのホール以外で見る藤川さんは、なんだか幼く見えた。いつもの白と黒のペンギンみたいな恰好じゃなく、紺色のとっくりに深い海色のデニム。
不思議な感じ。ぼんやり彼の顔を見つめたまま何も答えられずにいると、ひょいと手が伸びてきた。
「髪。エッフェル塔みたいになってる」
優しく手櫛を入れられる。ふわり、とコーヒーの残り香がした。
お母さんにしてもらっているような懐かしい感覚を思い出し、あたしは静かに目を閉じる。藤川さんはしばらくそうしてくれていた。
「……大丈夫?」
頭の上から降ってきた声に、夢見心地に笑いかけた。
「そっか」
彼は小さくため息をついて、目を伏せた。
初めて見る寂し気な眼差しに、あたしはとまどってしまう。
「どうしたん……ですか」
あたしの声色に気が付いた彼は、さらさらの黒髪を揺らして首を横に振り、「何でもないよ」とやんわり断った。
絶対に、何かあるはずなのに。
やけに気になって、あたしはふてくされた。
「オトナは嘘ばっかじゃ……」
たとえ彼に何かあったとしても、あたしに話す義理なんて無い。至極当然の事実であるのに、それに納得できない自分がいた。
「あたしには、教えれんのんですか?」
下を向いたままでいると、藤川さんは私の隣に座った。
「茅野ちゃんだって、俺に言わないじゃないか」
気が付くと、痛いくらいに鳴っていた胸は静かに落ち着いていた。
「そうじゃけど……」
「お互いさま」
何がおかしいのかわからないけど、お互いに吹き出した。笑う度に、色々なモヤモヤがすうっと引いていくような感じがする。
「藤川さん、ありがとうございます。なんかスッキリしたあ」
「よかった。じゃ、戻りなよ?飲み会、途中だろ」
そういや、歓迎会。
首を伸ばして店の中を覗き込むと、新入生の挨拶がつつがなく執り行われている最中だった。
「あ〜あー……」
またあのテンションに交わるのには、いささか気力が足りない。いまだに頭はぐるんぐるん、だし。
「ううん。しんどいけぇ、今日はこのまま帰りまーっす」
パンプスに締め付けられた足も、もう限界と悲鳴を上げている。重たい身体をベンチから引きはがすと、重心がふらふら揺れた。


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