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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -或ル夏ノ騒動--6

再び取り残された一紺は、その場で大きく溜息をついた。
「はぁ…いつやってしもたんやろ」
竜胆は妊娠のことだけはかなり敏感だったから、一紺も竜胆が良いと言う時以外には中に出したことはなかった――筈だ。
(…『あれ』って何や)
竜胆が言っていた『あれ』。
一紺には何だか分からなかった『あれ』。
勿論、これは人格の変わった一紺によって…と言うことを指すのだが、一紺は未だそれに気付いていない。
急に、不安に駆られた。
(そんな、馬鹿な。竜胆が俺以外の男と…!?)
根拠もなくそんなことを考える。
(いや、あいつははっきり俺が「親」や言うたんや。そんな筈が…)
「…………分からん」
考えれば考えるほど、分からなくなって来る。
一紺はがしがしと頭を掻いてから、溜息をついてぽつりと呟いた。
「…寝よ」


「――医者に診てもらった方がええのと違う?」
「…そんな金、ないだろ」
一紺の言葉に、竜胆は力なく答えた。
あの夜の後、また幾度か戻してしまった竜胆は、今日も相当に弱っていた。
宿屋の主人に事情を話し、暫くこの宿で竜胆の回復を待つことにした二人。
しかしただ回復を待つだけでも仕方がない。
一番良いのは一紺の言うように医者に診てもらうことだが、竜胆の言うように彼等はそこまで金を持ち合わせていなかった。
「そんくらい、俺がすぐに稼いで来るさかい」
そう言って一紺が飛び出したのは、彼女の体調が相変わらずな三日目の朝だった。

草木が香る気持ちの良い朝だが、彼の心は晴れない。
竜胆の『あれ』と言う言葉が、この二日間どうしても気になって仕方がなかったのである。
(まさか…まさか、他の男となんて、そんな)
考える程に、彼の頭は悪い方ばかり考えてしまう。
全く全然これっぽっちも可能性がない、とは言い切れなかった。
大きな都では、たまに別行動をすることがあるし、相手がその間何をしているのかは分からない。
まあ竜胆の場合、薬屋に行っているなどの見当はつくのだが。
(も、もしかして柄悪う男達に…)
狭い路地裏に連れて来られて、無理矢理あんなことやこんなことを…!
膨らむ妄想、萎む気力。
(あいつは万が一そんなことがあっても、絶対口には出さんからな。辛い気持ちを隠してたのかもしれんわ)
此処まで来ると思い込みも立派である。
もう一度よく考え、妄想の世界から戻って来ると、一紺は溜息混じりに呟いた。
「…阿呆か俺は。そんなわけ、あらへん」


そんなことを考えながら街を回りつつ一紺がやって来たのは、野良犬が通るような細い路地だった。
奥は開けた空き地らしく、何やら喧騒が聞こえて来る。
この路地の先で一体何をやっているのか、一紺は知っている。
剣闘だ。
「お、やっとるな」
一紺が独りごちながら、身体を横にして狭い路地を進んで行く。
そうしてやって来た空き地は、彼の予想以上の人だかりだった。


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