和州記 -或ル夏ノ騒動--14
「あッ…り、りん…」
一紺が息を荒げ、竜胆の名を呼ぶ。
ようやく竜胆は顔を上げると、濡れた唇を舌で舐めた。
「気持ち良かったか?」
照れたように微笑む乱れた彼女の頭を、一紺は優しく撫でた。
そして竜胆の身体を抱き寄せ、きつく抱き締める。
一紺は一旦竜胆の身体を離すと、白い彼女の双丘に触れた。
今日はしないぞ、とでも言うように軽く睨み付ける彼女の視線には小さく首を横に振り、一紺は鎖骨の下辺りに唇を這わせた。
「…んッ」
「動かんといて」
一紺は、そこを強い力で吸い上げる。
微かに痛みを感じるが、それも心地良い。
「…はッ、どや?」
唇を離すと、そこが薄ら赤くなっていた。
ぺろりとそこをひと舐めし、一紺は言う。
「俺の、印や」
「…馬鹿」
嬉しかったのだろう。
竜胆は思わず涙ぐんで笑みを浮かべ、一紺の懐に頭を預けた。
――真夜中。
竜胆はひとり黙って窓の外を眺めていた。
晴れている空には、星が輝いている。
この調子ならば、明日は晴れだろうか。
「…せやけど、残念な気持ちもちょっとはあんのやろ?」
この数日間の妊娠騒動は、単に二人の勘違い…と言うことで幕を閉じた。
子どもが出来なければ出来ないで、再びこの旅を続けるまで。
だが、必要以上に騒いだせいか、何とも言えない空虚が二人を満たしていた。
一紺の問いかけに、彼女ははっきりとは答えず、言う。
「…お前とまた旅が出来るから、いいんだ」
無意識に胸に薄らと浮かぶ愛の印に触れながら、照れ臭そうにはにかむ竜胆。
その仕草が愛おしくて、一紺は後ろから抱き付きその耳元でそっと囁くように言った。
「いつか…ちゃんと家を持って、まともに働いて飯が食えるようになったら…」
「…その時は、元気な赤ん坊生んでや」