ナツユメ-5
――ナツゾラ――
昨日の様に、俺は木陰で昼寝をしていた。
昼寝と言っても、横になったのは朝だった気がするが。
そろそろ正午になるだろうか。俺が体を起こすと、頭に何かが被さった。
「桐一君捕獲ーっ!」
後ろには昨日の少女。
因みに、俺の頭を覆っていたのは虫捕り網だった。
「何やってるんだ。」
俺は、網から頭を抜き、少女に話しかける。
「今日はセミとりしようかと思って。」
「そうか。がんばれよ。」
俺は少女の健闘を祈り、立ち去ろうとする。
「だめだよ!桐一君も遊ぶの!」
しかし、少女に引っ張られて動けなくなった。
「昨日遊んだろ。」
「今日も遊ぶの!」
「俺は腹が減ってるんだ。」
駄々をこねる少女と、意地を張る少年。
白いワンピースに虫捕り網。おまけに、少女の年齢が年齢だ。
ちぐはぐなスタイルに、思わずふき出す。
「わ。何っ?」
少女はあまり気にしていない様だが。
「いや。なんでもない。」
「お腹すいてるなら、コレあげる!」
少女が差し出したのは、昨日のアメだった。
「アメじゃ腹に溜まらない。」
「いっぱいあるもん!いつか溜まるよ!」
・・・負けた。
そんなにセミとりが好きなのだろうか。
俺はアメを一つ受け取り、ほおばる。
甘い。
少女も一つ取って口に入れた。
「甘い。イチゴの味する。」
アメの解説をはじめる少女。
「公園行こ!セミ、いっぱいいる。」
嬉しそうに公園へと歩き出す少女の後を追いながら、
俺は昼食抜きを覚悟した。
「これ持ってて!」
少女は、公園に着くなり俺に空き箱を渡す。
「ゴミか?」
以前はチョコレート菓子が入っていたであろうその箱を、しげしげと眺める俺。
「ゴミじゃないよ。セミ入れるの。」
「セミが気の毒だろ。」
「虫かごね、穴があいてたの。」
だからと言ってこんな菓子箱はないだろう。
「桐一君、セミの番しててね。」
「なんで俺が!」
「じゃあ桐一君、セミとり係?」
「・・・番でいい。」
俺は箱を抱えてベンチに腰掛ける。そして上を見上げた。
雲一つ無い青空。
こうしていると、一時だけではあるが、暑さを忘れられる。
目を閉じれば吸い込まれて溶けてしまいそうだ。
「桐一君!箱出してっ箱っ!」
・・・うるさい。
少女の手にはジージーと鳴きわめくセミが握られていた。
俺は箱を差し出し、セミが入ると、ただちにフタをする。
「まったく騒がしいヤツ・・・。」
俺はフタが開かないように手で抑えながら、二つ目のアメをほおばった。
イチゴの味がした。
「いっぱいとれたねーっ。」
嬉しそうに箱を振る少女。
箱の中では様々な種類のセミが同時に鳴くのでやかましい。
「集めてどうするんだ。食うのか?」
「そんな事しないよぉ。逃がすの。一匹づつね。」
少女は箱から一匹セミを取り出し、空に放り投げた。
「えいっ。」
ジッと音を立て、セミは飛んでいく。
あのどこまでも青い空の下。
「ねぇ桐一君、セミってたった七日位しか生きられないんだよね。」
「そうだな。」
「・・・でもね。この空の下にいられる時間がどんなに短くても、それは絶対に悲しいことじゃないと思うの。」
そう言って空を見上げる少女の顔は穏やかだった。
・・・そしてどこか寂しそうだった。
「全部、素敵な時間なの。」
少女が笑顔になる。
その笑顔を、俺はどこかで見たような気がした。
――八年前の、俺と少女の時間。
淡い夏の記憶は、俺の知らぬ間に溶けて消えてしまっただろうか。・・・あの青空の中に。
「名前を聞いてなかったな。」
俺は少女に名を尋ねる。
「私?私、小夏。」
「小夏・・・か。」
頭の奥に滲み出る、淡く儚い夏の記憶に、
俺はこの時はまだ気付いていなかった。