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銀色に鳴く
【純愛 恋愛小説】

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銀色に鳴く-2

僕はそんな先生の隣に座りながら、今日の午後の事を考えた。
今朝、下駄箱に入っていた一通の手紙。小さなハートのシールで封をされたその手紙は、いわゆるラブレターなのだろう、放課後に屋上に来て欲しいと書いてあった。
別に初めての経験でも無い。そんなにしょっちゅうある訳でも無いけど。
だからと言って、気にならない訳が無い。名前すらも無いその手紙が僕の午後を支配する、その事実が僕を思慮深いものとさせる。

「――どうしたの、黙りこんで。何かあった?」
そんな声がして、僕は現実の世界へと引き戻された。
「情けない顔をして。間抜け面」
ふぅと紫煙を吐き出し、空を煽る長田先生。良い天気、と小さな声で呟いたのが聞こえた。
「先生こそ、こんな所でサボっていて良いんですか?確か、次の授業、先生の数学でしたよね」
深く煙草を吸う女性。
大きく吐き出した煙は、たぶん僕の未来の様に不規則で美しかった。
「関係無いわよ。別に用意する事なんて無いし。それよりも、あなた――千秋って結構モテるわよね」
先生はたまに僕の事を名前で呼ぶ。“千秋”って名前が、しかし嫌いでは無い。
「どうでも良いですよ、そんな事。結局みんな、恋してる自分が好きなんですから」
毒をつく僕。そんな僕も、しかし嫌いではない。
「フフッ、キツいわね。まぁあながち間違いでも無いわね」
「それに本当に――いや、なんでも無いです」
ほんの一瞬、橘先輩の事を思いだした。狂った感情の不快感を消す為に、僕は言葉を飲みこむ。
「本当に――本当に好きな人に愛されなければ、意味が無い?……千秋、まだ梨華の事ひきずっているの?」
『橘 梨華』
再びその名前を聞いた時、胸の下、ちょうど横隔膜あたりがズンと重くなった気がした。
「――そんな事無いですよ。先輩とは、もうなんとも無いですから」
ふんと鼻で笑ってから、先生は三度煙を吐いて目をつぶった。
「隠さなくてもわかるわよ、それぐらい。千明って顔に出やすいから。――さぁ、6限目が始まるわよ。早く準備なさい」
不敵に笑いながらそう言った先生。それを聞いた僕と、まったく聞いていない僕。
僕の意識は、3ヶ月前、クリスマス直前の慌ただしい日々、先輩の仕草に一喜一憂していたあの頃へと引っ張られていた。





あれからもう3ヶ月もたつのに、僕の心は未だ回復の目処が立っておらずに燻っている。 残り火の様にしつこく、尚儚く。

僕は高校に入って直ぐに、一個上の橘 梨華先輩に恋をし、二年目のクリスマスに失恋をした。
恋という名の、迷路。
しかしゴールは無く、罠が多い。 単純かつ端的な迷路を抜けた先に、僕は見事に落とし穴にはまったのだった。
橘先輩。
橘 梨華。
僕の一年上の先輩で僕の初恋の相手。美しく、魅力的で、甘美な女性。
僕はクリスマスの夜、思い切って先輩に告白をし、見事に破れた。正直、勝算は十二分にあった。
むしろ、勝ちを確信していたぐらいだ。

結果は逆だったのだけれど。





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