『傾城のごとくU』前編-10
「おっはよ〜」
「千秋。いつもより早いね」
教室に着くなり、亜紀ちゃんが声を掛けてきた。彼女は陸上部に所属していて、朝連を終えたばかりなのかタオルで首や顔を拭いていた。
「うん。これからしばらくは、この時刻に来るから」
「仔猫の世話をするから?」
「そう。朝からミルクとかあげるの…」
私がそう言うと、亜紀ちゃんは嬉しそうな顔で、
「今度、見に行って良い?私さ。犬しか知らないから」
「エッ?フミは違うの」
「あれは生後3ヶ月くらい経って家に来たのよ。だから、最初からドライフードだったの」
「そうなんだ……いつでも良いよ。待ってるから」
「部活が休みの時、行くから」
本鈴が鳴り、担任の先生が現れた。
「亜紀ちゃん!また明日」
学校が終わると同時に、私はカバンを持って教室を後にする。今から部活の亜紀ちゃんは〈また明日〉と言って私を見送ってくれた。
〈家でチコが待ってる〉
その思いで、いつもの道を走って帰る。
「…た…ただ…いま……」
「どうしたの?そんなに息を切らせて…」
居間に現れた私を見るなり、母が驚いた表情で言った。
「…チコは…ちゃんとしてた?」
「大人しいコよ。アンタに言われたように、9時半と1時にミルクをあげて排泄もさせたわよ」
「ゲップは?」
「昼はしなかったわね。長いこと撫でたけど、そのうち寝ちゃったから」
「そう」
私は安心して居間に行った。
チコは寝所でスヤスヤと眠っていた。
「先に着替えてらっしゃい。そろそろミルクの時間でしょ」
「うん」
私は自室に戻って着替えを済ませて、チコのミルクの用意をする。
その時、玄関がガチャと開いた。
「…た…ただいま」
「お姉ちゃん!」
姉は息を切らせて帰って来た。おまけに、いつもより30分も早く。
「…ち、チコの世話するのを見ておこうと…思って…」
私が補乳瓶を持って居間に入ると、姉も一緒に入って来た。
チコは目が覚めたばかりのようで、私を見るなり〈ミー!ミー!〉と鳴きだした。