十の夜と夢の路-18
「本当の名前は小枕夢路、空音はただのペンネームだったの」
「そうだったのか……」
空音の──夢路の話を聞き終えて考えてみた。
俺は彼女を『空音』として、また『夢路』として愛してあげられるのだろうか。本当は俺はそのどちらかしか見ていなくて、ときにどちらも見えなくなっているのではないかと。彼女を『1個人』として愛せるか、まだ不安なのだ。何せ、こんなことがあったのだから。でも、それは引きずっていてはならない。過去から逃げるわけではないが、その記憶からすこしでも離れることができたとき、はじめて俺は夢路を愛せるのだろう。空音はもう居ない、そう割り切って……。
「夢路は夢路なんだ。いまさらそんなことはどうでもいい」
「……十夜くんは強いね」
夢路はそう言って微笑んだ。
帰宅し、俺は手作りのカレーを振る舞った。実を言うと、すこし失敗している。隠し味程度に入れた名前も知らないようなスパイスが意外と効いて、相当の辛味が出てしまったのだ。なるべく甘口にしようとミルクを少量加えてみたがまるで効かず、仕方なくそのままにしておいた。それと材料だが、豚肉はすこし日の経ったものを使用してしまった。両親の出張初日に食べる予定だったやつだ。冷凍保存してあったのでよほどのことでなければ大丈夫だろうがやはり心配なので、夢路の分の肉は新しく買ったのを使った。余談だが、後日、俺は見事に豚肉に当たり、しばらくトイレに篭りきりとなってしまった。
夢路は一口目から汗を流し顔をしかめていたが、文句を言わずうまそうに食べきってくれた。俺は『無理しなくていいんだぞ?』としきりに言っていたが、夢路は柔らかく『十夜くんが作ってくれたんだもの、しっかり食べなきゃ……こほっ、こほっ……』と我慢してくれた。多少の無茶も、そのときばかりは嬉しかった。
翌日、夢路が来てから10日目、彼女が帰り支度をすることはなかった。新しい入居先がいろいろとごたごたしていて、入居が3日ほど長引いてしまったのだという。そして不幸中の幸いにも、俺の両親の滞在がたまたま3日ほど延びたというのだ。だから二人は、暗黙の了解でその貴重な時間を楽しむよう徹することができるようになった。
明日からまた学校に行くが、皆はどう思うだろうか。やはり二人の関係を気にして問い詰めてくるのだろうか。そうだとしても、俺は素直に応えられるだろう。そうして、以前よりずっと学校を楽しめるだろう。夢路が一緒だから。
「なあ夢路……」
「んっ?どうしたの?」
「遅くなって悪かったな。3年越しの誕生日プレゼントだ」
俺は、事前に買っておいたそれを取り出し、夢路の首にかけてやった。
「ルビーの宝石言葉、知ってるか?」
3年前に本当の意味で渡しそびれたそれが、夢路の胸元で赤く煌めいた。
「“仁愛”、“愛の炎”……言ってて恥ずかしくなるけどな」
そう言いながら、俺は夢路を腕のなかに抱きよせた。夢路は頬を紅潮させながら呟いた。
「ありがとう…十夜…………」
〈完〉