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十の夜と夢の路
【悲恋 恋愛小説】

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十の夜と夢の路-12

3時間ほど周囲を捜したが見付からず、仕方なく俺は帰路についた。なにより、退院したばかりの俺には体力的にきつかったのだ。

午後4時ごろ家に着き、5日ぶりに自分の携帯電話を見る。新着メールが1件……夢路ではなく、父と出張中の母だった。
母には、8日前(夢路が来て、俺が過呼吸を起こした日だ)に学校でケガをしたのだと伝えてある。メールの内容はそれを心配したものだった。
俺はそれを無視し、ベッドの上で考える、夢路のことを。
思えば、夢路が俺の家に来たときから既に8日。あと2日で、俺の両親が帰り、夢路の新居の手続きが完了する。妙な感覚だった。病院にずっと居たせいか、時間の感覚がもうマヒしているのかもしれない。
……なんてことを考えている余裕は無いのだが、得策が思い付かないのが本当だった。ただ、夢路がこの辺りから極端に遠くへ行っていないことだけは理解できた。
それでもやはり不安だ。だから、きっと無駄だろうと思いながらもメールを打つ。相手はもちろん、夢路だ。

『明日、会えないか?』

たった一言を、電波に乗せて。
卒業アルバムをロッカーに戻し、深呼吸をする。淀んだ空気がかえって咽ぶが、それでも幾分か楽になった。
今、気付いたのだが、ロッカーにはちゃんと『朝霧空音』とある。どうやらわたしには、それすらも見えていなかったようだ。
そして、教室を見渡す。古びたものばかりだ。壁にはところどころ亀裂が入っていて、地震があれば崩れそうに思える。
なにより、黒板の上に掛けられた時計を見た途端、非常に切なくなった。
「6時30分…………」
2年前の4月2日、その時間に閉校された。時を刻むのを止めた秒針と時針が、触れそうで少しずれている6時30分。それが、わたしと十夜くんを示しているみたいで…………。
思案しているとまた吐き気に苛まれそうになった。けれど、これ以上吐いたらいけないものまで出てきそうで怖い。だから、わたしは胸元をぐっと押さえつけ、逆流を留めた。

しばらくして、吐き気も落ち着き、気分も回復してきた。
先ほどまでは震えていた身体もかなり良くなったので、立ち上がって、教室を徘徊してみる。

いちばん後ろの席、右が十夜くん、左がわたし。教科書を忘れたとき、よく見せてもらった。

割れた窓ガラス、廃校当日に、男子生徒が一斉に割って怒られていた。彼ら曰く『最後の思い出作り』なんだとか。

そして、教壇にある、切り刻まれた集合写真。


この学校が廃校になったころにはもう十夜くんは転校していた。わたしはショックで心を閉ざしてしまって(記憶が無かったのはこの辺りまでだ)、一時は精神的に危なくなった。両親は死んでしまっていたため、親戚に引き取られついでに名前も変わった。気分を切り替えるためにと。
廃校後は全員、ここの理事長の知り合いが運営する近場の私立中学校へと移された。いろいろとわがままが通り、この中学校での記録はちゃんと私立中学校の卒業アルバムに残してもらえたのだ。

その私立中学校当日、わたしはここに来た。
そのころにはもう記憶が無かったのだが、本能からか、十夜くんを思い出すすべての要素を破壊した。教壇にある集合写真もだ。だが卒業アルバムは不思議と壊さず、ロッカーにしまっておいた。これもまた、本能かもしれない。また逢えるよね、と。

そして高校に入り、彼と出逢った。十夜くんは、わたしの魂を揺さぶるような存在だったのだ。


今度は涙が溢れ出た。この3年分の忘れていた涙をすべて流したみたいに、ずっと。
そうして情けなく泣いていると、不意に電子音が聞こえてきた。音はわたしのポケットから……携帯電話の着信だった。
それを取りだしディスプレイを見る。メールだ。差出人は、十夜くん。
心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど高鳴り、身体が火照る。わたしは恐る恐る、そのメールを開いた。


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