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十の夜と夢の路
【悲恋 恋愛小説】

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十の夜と夢の路-10

「お世話になりました」
「ああ、でもまだ無理はしちゃだめだよ」
翌日、俺は退院した。時間は午前8時。家に着くのはだいたい1時間後だろう。バスで帰るという手段もあるが、俺は電車で帰ることにした。バスの通路は線路沿いだ、どのみち同じ道を通るなら、すこし値が張っても速く移動できる電車の方がベターだ。
そうして、最寄りの駅に向かった。


意識がすぅっと戻っていく。眠りから覚めたわたしは、辺りを見渡す。
人気は無い。よく考えれば、周りには『立入禁止』の札…………どうやらわたしはそれを無視して河原に入ったらしい。
記憶は…………まだ戻らない。
左手に見える線路を電車が通る音はわたしの頭痛を引き立てるが、空の色を見ていると、なんだか落ち着いてくる。
「空の色…………電車の音…………」
自分の思考を反芻してみる。もう一度、
「空…………音…………」
複雑なパズルのピースがカチリと音を立ててはまった。


電車から見える殺風景を愉しむ。右手には、大きな川が見える。そしてやっと思い出す、この川がつまり、記憶にあったあの川なのだと。
記憶が正しければ、もう少し進んだ先に大きな木が一本そびえているはずだ。そんなことを考えていたら、まさしくそれが現れた。
あの女の子──夢路に間違いないと思っている──と幼い婚約を交わしたのも、たしかあの木の下だった。そして俺は、その木の影にある見知った顔を見つけた。
(夢路!?)
小柄な体、赤いヘアピンが目立つ栗色の髪…………間違いなく、夢路だった。
俺はバスではなく電車に乗ったことを激しく後悔した。次の駅までまだかなりあるため、今すぐに行けないのだ。
焦りを抑え、俺は次の駅へと向かう。
(待っててくれ、夢路!)
「空…………音…………」
呟きながらわたしは、痛む身体を気にせず一心不乱に駆け出した。行き先は自分でもよく解らないけれど、そこにはきっと、わたしの記憶の扉を開く鍵があると思ったから。
走っているうちに、見慣れない土地へと進んでいる。でも、まるで導かれるように走った。
そして、息を切らせながら辿り着いた場所は、
「ここが…………」
公立中学校だった。


俺はすばやく駅の改札を抜け、走り出す。まだ夢路は河原に居るだろうかと不安になりながらも、ただ、あの河原へと。
そして、10分ほど走り、その河原へ辿り着いた。辺りを見渡す、だが、
「夢路……?夢路!?」
彼女の姿は無かった。


既に廃校となったこの寂れた中学校は、記憶こそ無いが、わたしが通っていた場所だ。そう、直感が告げていた。
扉はすべて開いていて、よく解らない目的地へ着くまでさほど苦労はしなかった。
そして、その部屋の扉に手をかけ、開く。

埃の舞う廃れた1年3組の教室の、34番のロッカーを見る。何故かは解らないけれど、本能がそこに何かあると直感したのだ。そしてそれは、本当にあった。
「卒業アルバム……」
本来ならあり得ないことだ。だってここは1年の教室なのだから、卒業アルバムなどあっていいはずがない。けれどもそれはあったのだ。そして、それに触れた瞬間、すべての記憶が蘇ってきた。


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