飃の啼く…第22章-6
「しらねえよ…話してくれねえんだから…。でも…」
慶介は言い募った。
「お前らしくねぇんだよ…。見ててイライラする。お前、自分がやりたいこと、全部諦めてるんじゃねえ?おれにはそうとしか見えない。」
静まり返った、居心地のいいはずの部屋の空気が、肩にのしかかるように重かった。
「ねぇ、慶介…。」
思えば、彼や、友達と遊んでいた幼い頃の私は、自分を曲げない頑固者で、自分でやる、と決めたことはだれが文句を言っても絶対やる、そんな子供だった。楽しいことは素直に楽しいし、楽しくないことからは逃げていた。哀しいことは考えないようにして…ただ毎日、笑うか、怒るかしかしていなかった。
「自分のやりたいことをやって、思い通りに生きたら…私は…」
誰の顔も見ることは出来なかった。そこに居る誰もが、純粋に私の幸せを願うだけの、心優しい人ばかりだったから。だから、そんな彼らの目を見れば、心動かされてしまう。涙を止める術を見失ってしまう。
「私は、私らしくなれるのかな…。」
そして、誰の目も見ないように立ち上がって、部屋を出た。断固とした足取りに“追ってこないで”という確かな意志をこめて、玄関を出た時にも、私は振り向かなかった。
近くの川にかかる、小さな橋まで走っていく。最初は早歩きだったけど、今は疾走していた。心は無になりたいと思い、頭はそれを拒否した。振り切ってしまいたいあまりに多くのことが、私の背中にしがみ付いている。
「はぁ…は…。」
お腹が痛くなるくらい走って、走って、川の土手に腰を下ろした。ようやく翳り始めた夏の太陽の、まばゆいオレンジ色の光の粒を、川はゆらゆらと揺らしていた。
そういえば、慶介と喧嘩すると必ずここに来て、暗くなるかお腹がすくまで川を睨んでいたっけ。
「余計なお世話だ。ばーか…。」
本当のことを言えば、私はいま、ものすごく弱くなってる。
過去にタイムスリップしたようなこの場所で、私が無邪気なただの「さくら」だった頃の記憶が次々と襲ってくる。私がしてきたことは…間違いではない。後悔もしていない。でも…確かに怖くはある。
狗族の全てが命を懸けて戦おうというこんな時に、いくら強がってみたところで、最後に生きていられる可能性が増えるわけでもない。
もしかしたら、そういうことが起こってしまうかもしれない。起こらないとは言い切れない。
最悪の結末を考えそうになる頭を叱りたいと思いながら、それは単なるパラノイアではなく、一つの可能性であるという事実から逃げてはいけないとわかってもいる。
―なんて人生だろう…。
足元の石を一つ拾い上げ、川の下流の出来るだけ遠くに投げた。私の迷いも、こんな風に川の流れに見えなくなってしまえばいいのに。