「S女とM男の台所事情」-2
「嫌、なのか?溜息一つで幸せが一つ、減る。要するにお前はMなんだ」
「は、はぁ…」
…意味がわかりません。
とりあえず、彼女は俺をMにしたいらしい。
俺は彼女に言われるがまま、キッチンに入り鍋を火にかけて温める。…綺麗なガステーブルだと思った。あまり使われてないような。
要するに…料理が苦手なんだな、彼女。
ちょっと可笑しくなって内心でニヤケる俺。食器棚を眺めながらおでんに良さそうな皿を探し、テキパキと食事の支度を終わらせていく。
その間彼女はというと……。
「へぇ〜、手際いいなお前!すげぇすげぇ、これからもアタシの飯は用意しろよ」
なんて瞳輝かせながら俺の周りをウロウロ……。
一瞬、子供が『お腹空いた!』と母親の周りに纏わり付く姿を連想してしまう。
…か、可愛いところあるじゃないか。
胸がキュンとなる、というのか…いやいや、これぞまさに、萌え〜!
俺は考えた。
きっと彼女はツンデレ喫茶でNo.1になれる、と。
ツンデレはあくまでも『デレ』の部分が重要なんだよな、と内心でしみじみ呟く俺を余所に、彼女がリビングのテーブルに向かいシックな黒サテンの座布団に腰を下ろす。
高そうな座布団だ。周りの家具も、衣類も小物も、何やら値段がひとケタふたケタ俺の普通レベルと違いそうな…。とにかく、何もかもが高級感を漂わせている気がする。
俺はテーブルに向かうと、鍋敷を敷いて鍋を置き皿におでんを注ぎわける。部屋におでんの匂いが立ち込めた。
「おっ、色々入ってんな。いただくぜ!」
彼女が嬉しそうに箸を進める。
作った俺としては緊張の一瞬だ。
少しの沈黙。ちょっとドキドキ。
「…美味い!やるじゃねぇか!」
それはもう輝かんばかりの笑顔で彼女が告げる。
俺はホッと一安心。
「良かった…あ、今度さゆりサンの料理も食べてみたいな〜、なんて…」
片手で頭をかきながら、俺はうっかり調子に乗って一言。…彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
てゆーかそんなに大それた事を言ったとは思えないんだけど…
。いや、大それてますね、はい。
突如彼女が箸を置き、俯いた。
マズイぞ、マズイ!
俺のSセンサーがビビッと反応をキャッチした!
「ひっ、すみません!」
先手必勝、とりあえず謝っておけ!
しかし彼女がゆっくりと顔を上げ、そんな俺を、小さく震える小動物を追い詰める肉食獣よろしく睨み据える。
うーん、なんて的確表現。
「いいか、よく聞け。アタシはね。家事で何が1番苦手かっつーと、料理なわけよ。ホットケーキを焼く時にチマチマ分けて焼くのが面倒だから一気にやっちまって巨大ホットケーキができあがり中心は半ナマだとか…卵焼きで固まるのを待つ時間がウゼェからってすぐ崩しちまうとか…冷凍保存してた鳥肉がすぐ必要になって、ウッカリそのまま冷凍してたもんで全部くっついてて固まったまま包丁で必要な分を無理矢理ごり押し切りして余計時間がかかるし手が痛ぇとか…野菜にアオムシがついてたら食いたくねぇからって一枚一枚綺麗に時間かけて洗ってる自分にふと侘しさ感じるとか…そのアオムシを飼ってみるとか…とにかく料理に関しちゃ気が短いアタシには向いてねぇんだよ。むしろ料理する時間が苦痛だ。そんなアタシに、料理をしろと?」
…最後のほう、料理には関係ないですよね。
内心でツッコミを入れてみる。
俺は料理が好きだから楽しいし美味しいと言って貰えるのが嬉しいけど…彼女はそれには生き甲斐を感じないみたいだ。
…ふむ、人それぞれだな。
俺は小動物的に竦み上がりながらも、冷静に判断する。
…次第に慣れてきてないか、自分…。
「いや!そそ、そんな滅相もない!ワタクシめが作らせていただきます、これからも!」
慌てて彼女の機嫌を取る俺。おっと、専属料理人を申し出ちまったぞ…。