私の涙、いくらですか？３-1
「もう、何も言うことはありません。」
「は…？」
豪邸清掃の研修３日目。
教育係の山崎さんがいきなり口を開いた。
「こんなに早く仕事を覚えたのはあなたが初めてよ。若いのに…。」
「はぁ、実家で鍛えましたから。」
私の家は大家族だ。
両親、祖父母に弟3人、妹2人。
一番年上だった私は、母に苦労させまいと、大体の家事はこなしてきたつもりだ。
炊事洗濯掃除、弟達の世話…。
それに比べたら、掃除だけやればいいこの仕事を大変だとは思わない。
「本当は研修が1週間あるんだけど、もう十分ね。明日からは1人で頑張ってもらうわ。」
「はい、任せてください。」
私はモップとバケツを手に歩き出した。
今いる場所は佐伯家の本邸。
最初にここに踏み込んだ時には、世界が違いすぎて目眩がしたけど、今となってはどうでもいい。
豪華な調度品、大きな額に入った絵画や高そうな壺。
それらに目を奪われるのも最初だけで、すぐに慣れて、それらは輝きを失ってしまう。
いくら美しくても3日で慣れるのよ。ふっ。ざまぁみなさい。
私は意味も無く、心の中で勝ち誇る。
それにしても広い。
部屋がいくつあるのかしら…。
絶対使っていない部屋の方が多いのに、大いなる無駄だわ。
廊下に掛かっている大きな姿見に差し掛かった所で、前から人が歩いてくることに気づいた。
私は壁側に寄り、礼をして人が通り過ぎるのを待つ。
本邸ではそうしなければいけないと、山崎さんに教わったからだ。
（いちいちめんどうね。仕事がはかどらないじゃない。）
「田村さん、でしたね？」
急に話しかけられて、私はとっさに顔を上げてしまう。
そこには端正な顔立ちの男性が立っていた。
「竹村さん…」
竹村慎司、凄腕の秘書。
まだ20代前半と若いながらも、社長の右腕となって会社を更なる発展へ導いたとされる人物。
しかも無駄にカッコイイのよね…。