明日になれば…-6
橘には掛けるべき言葉も無かった。何を言っても圭子の受けた傷を癒す事も出来ないだろう。だからといって、彼女の今置かれてる情況を容認する訳にはいかなかった。
「だが、オレは今のオマエには賛同出来ないよ」
橘は圭子に、立ち直りのキッカケを掴んで欲しかった。
「オマエ、オレに言ってたよな。夢を…自活しながら学校行って保母さんになりたいって」
圭子は冷めた目付きで、
「もういいよ。なんだか疲れたよセンセイ…」
それでも橘は諦めない。
「オマエは人生終わったみたいに思っているが、たんなる〈回り道〉しただけなんだぞ。いずれ笑って話せる日が来るんだ。その日のために、もう一度〈夢〉にチャレンジしろよ」
だが、圭子はそれに答え無かった。橘はため息を吐いて、
「今夜ここに泊まっていけ。そして明日、自宅に帰ろう。オレも両親に話してやる」
橘はそう言って春菜の方を見ると、
「春菜は何故、家を出たんだ?」
「ワタシ…!」
それまで2人のやりとりを見入っていた春菜は、自分にふられた事に少し驚いた。そして、上目使いにしばらく考えた後、淡々と語り始めた。
「ワタシね、いじめに遭ってたの…小学生の5年くらいから…」
「女子に?」
「ううん、男子に。最初はいじめられてる女子の友達をかばったら〈生意気だ〉とかで男子5人に囲まれて…蹴られたり、殴られたり」
橘は春菜の言葉をノートに書き留めていく。
「小学校を卒業して、〈これで楽になれる〉と思ってた…でも、考えて見れば同じ校区だもん…中学でも、同じ目に会って…」
「その時、誰も助けてくれなかったのか?」
春菜は再び考えてから、
「いなかったなぁ…それどころか女子にもいじめられたし、それで中2の夏休みから学校行かなくなって…」
「先生や親は?助けてくれなかったのか」
橘の問いかけに、春菜は苦い顔を浮かべ、
「全然…先生はシカトするし…親は…最初の頃は教育委員会なんかに訴えたり…真剣にやってくれたけど。引きこもりが続くと私に〈いじめられるアンタにも原因が有る〉って言い出して…」
春菜は震える両手を前に伸ばし、
「ワタシだって、好きで学校行かないんじゃない!毎日、次は何されるかと怖かった。イヤだった!」
春菜は、絞り出すように叫ぶと肩で息をしながら、また淡々と喋べり出した。
「……それから4ヶ月前ぐらいに家出して…色んな男と寝て…」
なんと悲しい事か、人生で1番多感な時期をそんな事に、
「良い人もいたけど…何回か拉致されて、クスリ打たれて姦(ま)わされたり…でも、ウチに戻るより今の方が良い」
言葉が見つからない。
この娘は半年あまりで、同年代や大人の汚い部分をイヤという程体験してきたのだ。