明日になれば…-4
「理由は分かった。だが、賛同は出来ない。君には家に戻ってもらいたい。そのためなら、僕が君の親との中を取り持ってもいいんだぞ?」
橘の提案に圭子は首をゆっくりと横に振りながら、
「自分でやってみるよ。結果は分からないけど…」
「そうか。じゃあ健闘を祈るよ。君、そういや名前を訊いてなかったな。僕は橘忠雄。君は?]
圭子はややはにかみながら、
「…筒井…圭子…」
「圭子か…良い名前だ。じゃあ圭子。いつでも電話してくれ」
橘は手を差し出した。圭子は最初、意味が飲み込めなかったが、〈握手して別れよう〉と言われ、彼の手を握った。
「ありがとう…なんだか〈センセイ〉見たい…」
「よくそう言われるよ。まあ、昔そうだったから、滲み出るのかな?」
朝7時。橘と圭子はファミレスの前で別れた。
それからしばらくは、毎日のように橘へ圭子から連絡が入っていた。内容は1日の出来事。学校での事や両親とのやりとり等だったが、彼は嬉しかった。荒みかけた少女が普通の生活に戻ったのだ。
だが、つい1週間前から電話の内容が変わった。彼女は中絶手術を受けたのだ。そして、数日前から電話は途絶えてしまっていた。
橘が優しく語り掛ける。
「ウチに来るか?となりの娘も一緒に。こんな処に居たんじゃ風邪引いちまうぞ」
そう言うと、初めて会った時と同じように圭子の腕を取り、上に引き起こす。
圭子の〈痛い!〉と言う声に構わず連れて行こうとする。その後を、もうひとりの少女も連いて行く。3人は闇夜へと歩き出したのだった。
橘は2人を近くに停めてあるクルマに乗せると、〈命のダイヤル〉の事務所へと向かった。
クルマの中で圭子達は、身体を震わせて黙ったままだった。この時期、何時間も屋外に居れば体温を奪われる。橘はヒーターボリュームを上げた。
大通りを右に曲がり、繁華街から少し離れた通りへと入ると、そこから100メートル程走った所でクルマは停まった。小さな雑居ビルの前だ。
「さぁ、着いたぞ。このビルの2階だ」
外灯に映し出された圭子と友人は震えていなかった。そればかりか、ヒーターの熱気で頬が紅潮している。彼女達は橘について階段を上がった。
階段からすぐの部屋のドアーに、〈命のダイヤル〉と書かれたプレートが貼られている。橘はカギを差し込みドアを開けた。
部屋は1DKでキッチン部分を事務所として使っている。そこには机に電話、小さな冷蔵庫に電子レンジ、ガスレンジと生活するのに必要なモノは揃っているという実に殺風景な部屋だ。
「センセイひとりで活動してんの?」
圭子の友人が橘に訊いた。そう思われるのも無理はない。普通のアパートを事務所として使っていて、そこに誰も居ないのだから。