明日になれば…-24
「これからクスリが抜けるまで約2ヶ月、彼女には地獄のような苦しみが待っています。禁断症状です。ですから、アナタが来れば気持ちが揺らぐ可能性もあります。いらっしゃらない方が良いとかと」
「すると、クスリが完全に断ち切られ、禁断症状も無くなれば彼女の社会復帰も…」
兼坂は片手で橘の声を制して、
「その後はフラッシュバックという症状に気をつけなければなりません。
これはクスリをやってなくとも、ある日突然、その時の状況が甦り、さもクスリを射ったかのような状態になるのです」
兼坂の説明によれば、人間の脳にはドーパミンというモルヒネの数十倍の作用を伴う物質を分泌する事が有る。
ランナーズハイやドライビングハイと言われるモノだ。
そのドーパミンの異常分泌によりフラッシュバックが起こりうるそうだ。
「ですから、それらも含めて治るには数ヶ月から1年は掛かると思って下さい」
(あの時、自分が無理強いして彼女を実家に戻さなければ……)
苦い顔をして橘は天を仰いだ。
「先生、どうか春菜を宜しくお願いします」
兼坂に見送りられながら、橘は玄関前でそう言うと、深々と頭を下げた。
「彼女の事はお任せ下さい。何か進展がありましたら直ぐに連絡しますから」
橘は気持ちを振り切ってクルマに乗り込むと、病院を後にした。
春菜が入院したその日から、橘は今まで以上に自らの活動を精力的に行った。
ジッとしていては悲しみや自責の念に駆られてしまう。一心不乱に身体を動かす事で、気を紛らわそうとした。
しかし、そんな時でも、頭の中から春菜の事は消える事も無く、何度も彼女のいる病院に足が向おうとした。
(何を弱気な事をしてるんだ!春菜は今、必死に戦ってるんだ)
橘は己を鼓舞し、今日もまた街へと向かった。
春菜が、兼坂の病院に入院してから1ヶ月半あまりが経過したある日の午後、橘の携帯電話が鳴った。
その日は夜間活動のため、橘はちょうど自室のベッドに横たわっていた。
慌てて電話を取る。相手は兼坂だった。
「橘さん、お久しぶりです兼坂です」
兼坂の声を聴いた瞬間、橘の表情はこわばった。〈もしや〉という思いが脳裏をかすめる。
「春菜の事ですね?」
低くゆっくりとした声で橘は尋ねる。最悪の事態を想定した。そんな声だった。
しかし、兼坂の声は橘と反して弾んでいた。