明日になれば…-21
草野は、殺気走った目を橘に向けると、
「アンタ、誰に向かって言ってるのか分かってんのか?」
だが、橘はたじろぎもせず、
「ええ、武闘派で有名な、草〇一家の組長さんに対してですよ」
草野の顔は更に赤みを増し歯をむき出した。仁王と言うより阿修羅だ。今にも飛び掛らんと、腰を浮かせ身を乗り出している。橘のこめかみから汗が滲む。
しばしの睨み合い。本性むき出しの草野、対して橘は静かというか、内に秘めた闘志を目に集中させていた。
すると、真っ赤だった草野の表情は徐々に元の色に戻り、視線を橘から外すと、どっかりと座椅子に座った。橘の口から吐息が漏れる。全身の力が抜けていくのを感じた。
草野は大きく息を吐いた後、若頭の斉藤を呼んだ。
「何かご用で?」
先程の巨漢グマだ。斉藤は草野のそばに近寄る。草野は斉藤に何やら耳打ちをした。
「分かりやした」
斉藤はその巨漢に似合わず、素早い動きで部屋から出て行った。
橘は部屋から出ていく斉藤を目で追うと、再び草野の方に顔を向ける。
怪訝な表情を見せる橘に対して草野は、
「ウチの若いモンに行かせた。〇〇ビルに居るんだな?」
草野は元の柔和な表情に戻っていた。だが、ひとつ違った。目が人間らしい目になっているのを橘は見逃さなかった。
橘は顔をこわばらせたまま、
「はい、〇〇ビルです」
草野は胸ポケットからマールボロを一本取り出すと、ダンヒルのライターで火を着け、うまそうに息を吐いた。
そして、苦笑いを橘に向け、
「アンタみたいなセンセイは初めてだぜ」
そう言うと、橘に向かってにっこりと微笑んだ。
何とも言えない微笑みだ。明と暗、草野はメンタルコントロールに長けているのだろう。そうでなければ、先程見せた狂犬のような性格だけでは人は付いてこない。
「1時間もすれば結果は分かる。それまでオレに付き合ってくれ」
草野は、また若い者を呼ぶ。彼等は座敷に入るなり、大きなお膳箱を2人の前に並べた。
草野の前にはビールが置かれた。橘の方にはお茶だった。
「探してる娘と会うのに、酒臭いのはさすがにマズイだろ。オレだけやらせて貰うよ」
それだけ言うと手にしたコップを横に出す。ビール瓶を持った若い者がコップに注いだ。草野は注がれたビールを一気に飲み干す。
「カーッ、美味い!さっ、アンタもやってくれ」
橘の前に置かれたお膳は、60センチ四方はあろう大きな弁当箱のようだった。蓋を取ると、刺身や天ぷら、茶碗蒸しやカニなど豪勢な料理が並んでいる。
食欲は無かったが、食べないと草野のもてなしを台無しにしてしまう。橘は一口々をゆっくりと箸をつける。一方の草野は対象的にガツガツと貪るように食べている。