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明日になれば…
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明日になれば…-20

その中のひとりが橘のそばに寄って来て、

「親分から聞いています。奥に案内します。ただ、その前に…」

そう言うと、彼は橘の身体を触り始めた。

「ちょっと!何を…」

男は触りながら無表情で、

「通常のボディ・チェックですよ。アンタの紹介者は松岡組だろ?万が一って事も有るからさ」

そう言って橘の肩をポンと叩くと、〈オッケーです〉と言い放つ。取り囲んでいた輩の中で、ひときわ眼光鋭い男が〈こちらへ〉と橘を招き入れる。
180センチ、120キロはゆうに有るだろうか、その巨漢を左右に揺らしながら歩く様は、クマを連想させる。後をついて行く橘には廊下の先が全く見えなかった。
男が立ち止まった。廊下の行き止まりだった。その先には大きな引き扉があった。

「奥に組長が待ってます」

男に促され橘は扉を引いた。中は20畳はあろうか、広い座敷だった。その中央にこれまた幅2メートル長さ5メートルはあろう一枚板で作られた卓台の奥に組長である草野が座っていた。

草野は柔和な表情だったが、橘を見る目は笑っていなかった。平気で人を殺せる、そんな目だった。
彼の後、床の間には虎の姿絵が掛けてられている。草野の存在感とぴったりマッチしている。そんな印象を思わせた。

「初めてお目に掛ります。〈命のダイヤル〉と言う子供達を救うボランティア団体の代表をしている橘です」

そう言うと橘は頭を下げた。

「私の事は松岡さんを通じてご存知でしょう。まあ、座って下さい」

草野に言われるまま、橘は卓台の下座に腰を降ろした。
〈ヘタを打てば大変な事になる〉松岡の言葉が頭をよぎった。


「用件を伺いましょうか?」

しばらくの沈黙の後、草野が口を開いた。静かに語りかけているが、その口調は威圧感を感じさせる。

「春菜…私の知り合いを返して下さい」

絞り出すような橘の声。掌は汗でびっしょりだ。
そんな気持ちを見透かしたように、草野はシラを切る。

「いきなり何を言うかと思えば…」

〈クソ度胸〉とはこんな場合に使うのだろうか。最初は恐怖が伴う緊張からか、心臓が口から飛び出すような思いだったが、今の橘には〈やってやる〉という妙な緊迫感が彼を支配していた。
橘はすっくと立ち上がると、スタスタと草野のそばに近づき、ゆっくりと座って、草野との視線を交えて逸らす事なく言い放った。

「とぼけないで下さい。先程、松岡さんとのやり取りを私は聞いていました。アナタのシマで私の知り合いが拉致され、人間の仕業とは思えないような目にあっている。〈親の目を盗んでバカ息子が悪事を働く〉どこの世界でもよく有る事です。その場合、親の対応はまちまちですがアナタの世界では違うはずです。〈子供の不始末は親がとる〉それが任侠じゃあないですか?」

橘の一言々を聞きながら、草野の顔はみるみる赤く染まり、目は大きく開かれた。まさに仁王の様な表情だった。


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