明日になれば…-18
「ちょっと待て。アンタは来ないのかい?」
「ああ、オレは段取りを着けると約束しただけだ。後は差しで話してくんな」
「しかし…」
草野はやや困惑気味のようだ。松岡は付け加えるように、
「オレとお前さんとじゃ、まとまる話もまとまんねえだろ。それに誰かに見つかって、痛くもねえ腹探られんのもイヤだしな」
草野は何も言わなかった。松岡は〈じゃ頼んだぜ〉と言うと受話器を元に戻した。
「松岡さん、恩に着ます!」
橘は松岡に対し、深々と頭を下げる。
「いいんですよ。ですが、こっからはセンセイのここ次第ですぜ」
松岡は自分の胸を叩いた。橘は大きく頷くと、
「なんとしても春菜を救い出します」
「じゃあ、ちょっと待って下せえ」
松岡は、若い者に紙と硯、墨汁に筆を持ってこさせた。そして、和紙に向かってさらさらと筆を走らせる。
封筒より二まわりほど大きいだろうか。表には〈草野和生様へ〉と書かれていた。
松岡は柔和な表情でそれを橘に渡した。
「紹介状です」
橘は受け取りながら、しげしげと眺めた。自分がこのような物を使う事になるとは思っても見なかったからだ。
松岡は少し照れながら、
「昔はどこの組も使ってたんですがねえ。今じゃ電話一本だ。風情ってモンがありゃしねえ」
そうは言っても橘自身、書き付けなど博物館の展示場以外でお目にかかった事が無かった。
「むこうの組員にそれを見せて、組長に直接渡して下せえ」
「何から何まで、ありがとうございます」
橘は深々と頭を下げた。
「ウチの者が近くまで誘導しやすから」
松岡は、事務所にいた阿久津という名の男に命じた。
橘は再びペコリと頭を下げると、書き付けを大事そうに両手で抱えて事務所を後にした。
松岡は手を口元に持って行く。
すると、素早い動きでタバコを持たせ、火を着ける。一番年下の若い者の仕事だ。煙をくゆらせながら松岡が、若い者頭の芦野政男を呼んだ。
「政ぁ」
「ヘイッ!」
松岡は目を細めて芦野に言った。
「オレ達も、あんなセンセイに若え頃、会いたかったなぁ」
「そしたら変わってましたかね?」
[そうさなあ。ちったぁマシな人生送ってたかもな」
芦野は橘が出て行った後を眺めながら、感嘆の声を挙げた。