飃の啼く…第21章(後編)-4
「ちっ…裏切り者が…。」
小さな声が暗がりから聞こえた。茜は迷わずその声のしたほうを見る。
「教えてくれてどうもありがとう。次からは面と向かって言ったらいいと思うけどね。」
ヒステリックにわめくこともなく、茜の声はあくまで低くて重かった。
「お前みたいな人間の茶番にはうんざりだ。これ以上人間に狗族の縄張りを踏み荒らされるのもな。」
がたいのいい狼狗族が立ち上がった。つられて3,4人が体を起こし、茜の後ろの風炎も身体に力を入れる。
「さくらっていうあの女にゃ少なくとも狗族の血が混ざってる…だから百歩譲って仲間と認めても、お前はただの人間だろうが。偉そうな口を聞くんじゃねえ!」
男の言葉は、洞窟の中を反響して、まるで咆哮のように響いた。その余韻が消え去るのを待ってから、茜がゆっくりと口を開いた。
「そう、私はただの人間よ。」
そして、壁に押し付けていた背中をおこして、狼狗族の目の前までつかつかと歩いていった。
「それを悪いことだと思ったことは無いわ。さくらは確かに人間じゃないかもしれない、でも、狗族ってのがみんなあんたみたいな脳タリンばっかりなんだったら、彼女にその兆候が出なかったことを感謝するべきよ。」
その間、茜は狼狗族から目をそらさなかった。屈強な男は、腕を組んだまま小さな小娘を見下ろしている。その気になれば、彼女のか細い首など片手で折ることが出来そうだった。
「あんたたちは、人間と自分をまるで別物のようにおっしゃいますけどね、あたしに言わせりゃあんたらなんて、KKKや、えた、ひにんを虐めてきた農民連中と一緒よ!自分より弱いものを見つけて、虐めて、自分を慰めてるだけだわ!そんなちっぽけなあんたが、全てを投げ捨てて、あんたたちのために武器を取った十七の小娘に、よくも蔑称なんて使えるわね!!」
そして、自分でも知らない間に流れていた涙に気付いて、いらだたしげにそれを拭った。
「狗族ってのが、過去に囚われる種族だってのはよくわかったわ。なにも人間に対する憎しみだけじゃない…澱みに対しても、青嵐が九尾に抱くものとか、要は、憎しみそのものが、狗族にとってとても重要な意義を持ってるのがよくわかる。」
急に、彼女の声が静かになった。
「そりゃあ大変な暮らしだったでしょうよ。いつ死ぬかわからない生活なんて、人間には想像もつかないってのも、知ってる。確かに敵を作れば、生きるのはずっと簡単になるわ。そして相手が“巨悪”であればあるほど良い…集団を作れば、仲間が居れば安心だもの。でも、貴方たちが味わってきた辛さって、誰かを憎んで消えるもの?誰か自分より惨めな誰かを貶めればなくなるの?敵を抹殺して癒されるもの?」
そう言った茜の声は今や小さな呟きになっていた。
「…憎しみが、もっと大事なものを見えなくする事だって、あるわ。」
そして、腰から下げていた鞘と、真っ赤な柄頭に目を落とした。
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