飃の啼く…第21章(前編)-7
「何処だ?」
颪が聞く。
「…飃の家だ。」
茜がその言葉に驚く前に、颪が舌打ちした。
「ちっ…あの女…素直に懐柔されやがって。あげく兄さんの家に転がり込むたぁ…何を考えてやがる……。」
「どうやら、女は青嵐の居場所へ案内するように迫っているようだ…。」
ほぉ、と颪は呟いて、手で口を覆った。しばらくそのまま、何も無い机の上を見つめて考え込んでいた。
「よし…もう結構だ。ご苦労さん。」
風炎がそれにうなずいて、口の中で何事か呟いた。堅く閉じた目を再び開けて、全ての分け身が彼の中に戻ってきた事がわかった。
「…くび守は臭いを持たないと聞いたが…そんなことが本当に可能とはな。」
疲れきった声で風炎が言った。颪はうなずいて、
「よくやってくれた。ただの探屋にしとくには惜しいくらいだ。」
と労った。
「聞いてもいいか?」
風炎はソファに沈めた体を起こして切り出した。
「くび守が守っているものは何なんだ?」
颪は、躊躇せずに答えた。余りに迷いのない、余りに潔い返答だった。
「罪人だ。」
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昔々―
物語が、物語として語られる事をおぼえる前の話。
一つの国の、一つの村の、全ての女が、消え去った。
それは、一晩のうちに起きた出来事。
そして、一つのものが起こした出来事。
―男は、何かがこげるにおいに目を覚ました。木と土で作り上げた粗末な家は、乾燥した冬の大気のなかで、まるで紙くずみたいに燃え始めた。男は傍らに寝ている妻と娘を起こす。家が燃えている、逃げなくては、と。
家族は家を飛び出す。火事だ、と叫びながら。それに呼応したかのように、幾つもの声が火事を告げる。家を飛び出して、目を見張ったのは男ばかりではなかった。
全ての家が、炎に包まれ、全ての村人が、呆然と立ち尽くしていたからだ。火事が広がったのか、村人はあわてて、木も家も無い平地に逃げる。
おい。
一人の男が声を上げた。
あそこに誰かいる、と。
背後で燃え上がる火柱に照らされて、平地を統べるようにまっすぐと立っていたのは、美しい若い女だった。