飃の啼く…第21章(前編)-5
「…まさか家に訪ねてくるとはな。基本的に依頼は手紙なんだが。」
すこし憤慨したように風炎が言う。
「おれは字を書くのが嫌いなんだ。」
冗談とも、本気とも取れる声で颪が返した。
「…“くび守”を知っているだろう。」
返事はなかった。おそらく、風炎がうなずいたのだろう。
「だが、“何”を守っているのかまでは知らない。ただ、くび守の存在が確かなことは知っている…それと、青嵐(せいらん)会の傘下にある組織だということ以外は。」
「傘下、ねぇ。まぁ、建前はそうなってるがな。」
そして、二人ともしばらく黙り込んだ。
「で、何を探せばいい?」
風炎が聞く。その後、答えが返ってくるまでにゆうに一分の空白があったように感じられた。
「…“くび守”の頭首を捜して欲しい。うまく行けば、それで全てが片付く。」
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彼女は、私たちの家の近所までどうやってきたのかわからないけど(まぁ、狗族なら電車は使わないだろうけど…)もし電車で来たのなら、さぞ好奇の目にさらされたに違いない、いかにも武人という格好をしていた。紙のように薄い鋼の鎧をまとって、その下には狗族古来の衣装が覗いている。
彼女は、その身体が芯まで濡れているのに頓着する気配も見せず、すたすたと土足で家に上がりこんでイスに座った。口調の丁寧さからは想像も出来ないけれど、彼女は豪胆な性格なのだ。そして“くびもり”とかいう役職に付くには、そのくらいの性格じゃないとやっていけないのだろう。泥まみれの足跡が居間を横切っていた。
私が、恐れおののきつつもお茶を出す。「こんな茶が飲めるか!」と投げつけられないかと内心びくびくしたが、軽く会釈程度の礼を言われただけだった。そもそも、わたしのことなど歯牙にもかけていないようだ。
「さて。」
彼女は身を乗り出した。
「あなたは青嵐と知り合いだそうですね?」
―青嵐?
青嵐といえば、狗族からなる自警団、青嵐会の首領だと聞いた。しかも、青嵐会かなり名の聞こえた組織らしく、人間の世界にも、狗族や妖怪の世界にも、逆らうものなど居ないといってもいい。
飃は何の表情も浮かべていなかった。否定も、肯定も表さずに、押し黙って南風を見返している。南風は、視線を合わせたまま言った。
「御(おん)くびが消えました…。攫ったのは青嵐に間違いない。」
「何と!?」
飃は初めて表情を浮かべた。その表情は驚愕だった。南風は飃をみて、その口元にかすかに笑を見せた。
「聞いてはいませんか。青嵐から。」
「…青嵐をお疑いになるのは、青嵐が御くびに手を出したという証拠があってのことでしょうか?」
射るような南風の視線を、しっかりと受け止めて飃が言う。両者の間には、押し殺されては居るけれども、それでも尚激しい火花のようなものが散っていた。