飃の啼く…第21章(前編)-20
「こんな大人数で行ったら、チャイムを鳴らす前に門前払いされそうだけど。」
茜の言葉はもっともだった。それぞれが別々に集まった集合場所には、今や20人を越す狗族が集まっていた。茜や私、飃と風炎以外は青嵐か九尾守に属する狗族だった。皆、殺気立っている。青嵐会の狗族は近くに九尾がいるということにぴりぴりし、九尾守は九尾守で、青嵐どもが大事な九尾に手を出すのではないかと気が気ではないようだった。ここに来て、九尾守はほとんど青嵐の指揮権の届く範囲の外にあるということがわかった。颪さんが青嵐としての仕事をおろそかにしてきたせいなのか、それとも、南風以下のほとんどの狗族を魅了してしまうほど、九尾は優れた神格の持ち主であるのか…前者である可能性だって無きにしも非ずだとおもうけど、多分後者だ。私だって、ほんの少し会っただけで、彼女の味方をしているもの。
待ち合わせ場所は、京都の山中を流れる河原だった。九尾の思惑が何にしろ、その場所が完全に安全なところであるとわかるまでは、なるべく匂いの残らない川の近くにいるのが良いのだ。川幅五メートル程の小さな川を挟んだ対岸には、切り立ったがけがそびえている。川幅が狭いのは、源流が近くにあるからだろうと飃は言った。付近を偵察に出かけた青嵐会の風巻と、くび守の若狭。会った瞬間瞬間口論を始めた二人は競うように河原を飛び出し、競うように帰ってきた。二人によれば、この川をもう少し遡ると小さな神社があり、そのすぐ近くに尋常ではない気を感じたという。
「案外、門の前で舞でも舞えば出てきてくれるかもね。」
何気なしに言った私の言葉に、茜がにやりと笑う。
「アマノウズメ役はお前がやるのか、さくら。」
天岩戸伝説を引き合いに出した私に、飃が意地悪なことを言う。天岩戸というのは、古事記の中にある有名な一説だ。太陽神の天照が天岩戸に隠れて世界が暗闇に包まれ、神々は困り果てた。最終的に、アメノウズメがうつぶせにした桶の上で、半裸になりながらこっけいな踊りを踊る…要はストリップだ。それを見て大笑いする神々の声を聞いた天照が、覗き見をしようとして戸を少しあけた所、アメノタヂカラオにひっぱり出され、再び世界に光が戻った、という。
「半裸で踊るさくらも、見ものよね。」
笑いながらいう茜を睨みつけながら、本当は凄く嬉しかった。茜が元気なのも、そうだし、飃が茜を受け入れてくれたことも嬉しかった。茜が人間であるというだけで飃が差別をするとは思わないけれど、かつては獄の下で動いていた―不本意であったとは言え―彼女を、咎めず、拒まずに居てくれることは私にとってもとても嬉しいことだった。
ごつごつした大きな岩の上を、軽々と進む狗族に引き離されないように急いだ。けれど、岩の隙間に三回も挟まりそうになった私を放っておくほど飃も冷たくは無い。彼は軽々と私を抱え上げ、それでもスーパーの買い物袋ほどの重さの荷物しか持って居ないとでもいうように身軽に岩場を飛び越えて進んだ。茜は5分前に風炎に連行されてしまっている。
「飃?」
先頭集団から取り残された私たちは、焦るでもなく、むしろ少し速度を緩めていた。これ幸いと、私は飃に言う。
「ありがとね、茜のこと。」
「また他人のことで礼を言うのか?さくらは礼を言うのが趣味のようだな。」
面白そうに飃が言う。私が周りのことを気にしすぎているのはよくわかってるから、笑っておでこを飃の肩に乗せた。