Need/-ed-10
―そうか…なぁんだ、そうよね。
求める前に与えることって、実はとても簡単なことで…自分を思いやる以上に、他の人を思うことは自然なこと。そして、自分の喜びが、他人の悲しみになるとは限らないこと…。自分から世界に心を開くことで、こんなにも沢山のことが見えてくる。
寝息を立てる風炎の表情は、そんなあたしに安堵したかのように微笑んでいた。
もうすぐ初夏を迎えようとしている日差しが、タクシーの窓から車内を照らした。
朝の十時を回ったところだと、車の時計が示している。退院に関して、医者の判断は慎重だった。いや、日のある間ひっきりなしに訪れていた研修医の群れから察するに、彼の回復力がものめずらしいので出来るだけ長い間病院においておきたかっただけなのかもしれない。あと2,3日は様子を見ると告げられた時の風炎の落胆…なぜか焦っているように思えるのはあたしだけだろうか。
とはいえ今、あたしの傍らには風炎がいる。何だか気恥ずかしくて窓の外を見る私の目に、人通りのほとんど途絶えた町の静かな光景が飛び込んでくる。子供たちは学校へ行き、ほとんどの店はいまシャッターを開けたところ。まるで、この一瞬を切り取った写真を見ているように、町は動きを止めていた。見慣れた公園を横切ったところで、タクシーを止めた。
思ったとおり、車の外の空気はすがすがしくて心地よかった。マンションまでのわずかな距離を、ぎこちなく選んだ言葉でポツリポツリと会話を交わす。天気のこと、体のこと、そしてまた天気のこと。
ドアを開けると、自分の家の匂いがした。自分と、風炎の匂い。
「…ただいま。」
誰にとも無く、口にしたあたしを、風炎が後ろから優しく包んだ。
照れ隠しに、笑ったり、強がってみたり。そんなことを、もうする必要は無かった。あたしは黙って、その温かい腕の中で彼の鼓動を感じていた。彼が深い息をついて、聴いたことの無い声色で言った。
「ずっと…こうしたいと思っていた。」
「どうしてしなかったの?」
あたしを抱く腕に力がこもった。
「君に…申し訳なくて。僕は、君をこんな世界に連れてきた張本人だから。」
あたしは首を振った。そう。たしかに。それは変えようの無い事実だ。彼があたしをさらい、彼の一味が、あたしの家族を壊した。
「すまない。」
その声は揺ぎ無く発せられたのに、更に力のこもった腕は震えていた。
「僕は、君に殺されて当然なんだ。君に殺されるのを待っていた。」
あたしは、黙って聞いていた。肯定も否定もしないまま。