Mermaid 〜天駆ける馬〜-5
「・・・その戦いの後で、ペルセウスはペガサスに乗って、アンドロメダというお姫様を助けに行くんです。無事に救うことが出来たアンドロメダ姫とペルセウスを乗せて、ペガサスは無事に彼らを国まで送り届けるんですよ。」
「いいことしたんだな、お前。」
分かっているのかいないのか、といった彼女の反応に天馬は一瞬面食らったものの、すぐにあははと笑うと、
「まあいわば、お姫様と王子様を繋ぐ橋渡し役をしたわけですからね。僕がペガサスだったら、本望でしょうね。」
そう言って、微笑んだ。
ドルチェが一生忘れられなくなるぐらいの、切なげな表情で。
もう部屋に入りましょう。カレー早く食べたいんですから。
そういう天馬の声に、今行く、と返してから、ドルチェは再び月を見上げた。
――何故だ。どうしてだ。何故だ何故だ。
そこには、人魚の国で見たのと同じ月が浮かんでいた。水に溶かしたようにぼやけて、周りの濃紺が滲んでいる月。しかし、それは海の底で見たよりもずっと近く、そしてずっと切なく映った。
と、彼女の双眸から雫が伝い落ちる。途端に我に返ったように、月は浩々と夜の海を照らしはじめた。
――この液体は、なんだ・・・?
左の頬を伝ってきたものを、舌で受け止める。海の味がした。海に生きていた時には感じなかった、『人間』の海の味だ。
「あーっ!?ちょ、ちょっとドルチェ!なにピーマン丸ごと入れてるんですか!」
「・・・お前が切れと書いていなかったからだ!」
天馬の大声にくるりと振り返り、リビングに向かって叫ぶ。サンダルを脱ぎ捨てると、キッチンへずかずかと入っていった。
「書いてなかったって・・・そんな・・・」
「お前の書いたメモをよく見直してみろ。確かにじゃがいもとにんじんは乱切りとしてあったが、ピマーンについては何も触れてなかったぞ!」
「ピマーンって何ですか、ピマーンって!・・・それぐらい察して下さいよもう〜・・・」
僕苦いもの嫌いなのに・・・とぶつぶつ呟きながらルーをよそう彼に声をあげて笑う。
そうしてドルチェはもう一度、視線をベランダの向こうに向けた。
星屑を散りばめた空はますます深く、黄金色に輝く月はますます高く。
それは一枚の絵画のように、はっきりとした輪郭を持って、彼女の瞳に映った。
こちらを優しく見返してくれたのは、いびつな形の四辺形で。
白い両翼を広げる音と、澄んだいななきが天高く、響き渡ったような気がした。